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リベラル書籍紹介#46『漱石文明論集』 夏目 漱石 著/三好 行雄 編

この連載ではY-SAPIXのオリジナル科目「リベラル読解論述研究」で使用した書籍について、担当する職員が紹介していきます。


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今回は、高校生が10月期で使用した『漱石文明論集』です。

『漱石文明論集』 夏目 漱石 著/三好 行雄 編(岩波文庫、1986年)

リベラル読解論述研究の授業では、様々なジャンルから良書を選んで受講生といっしょに読んでいきます。それは直近に出版された書籍ばかりとは限りません。本書籍は、日本を代表する文豪、夏目漱石の講演記録を中心に、日記や書簡を選りすぐって収録しているものとなります。

テーマは表題の通り「文明」です。江戸時代の終わりと同時に生を受けた漱石が、日本の近代化に際して感じたこと、考えたことを軽妙な語り口で表現しています。どの講演も、その性質上ときには軽口を交えながら、しかし立ち止まって考えてみれば実に深い思想を語っています。


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収録されている中でも「現代日本の開化」や「私の個人主義」などは有名ですが、今回はあえて学校で扱われることの少ない「文芸と道徳」を基に授業を行ったときのことをお話しましょう。

漱石はこの講演で、まずは「昔の道徳」/「今の道徳」という二分法から説明しています。とはいえ、当時の「昔」と「今」ですから、具体的にはそれぞれ「江戸時代(以前)の道徳」と「明治時代からの道徳」を表すわけです。いずれも現在の私たちにとっては縁遠いものです。ましてや令和の時代に生きる生徒たちにとっては、イメージしにくいものでしょう。そこに、浪漫主義文学と自然主義文学の話が重なってくるので、なかなかとっつきにくい内容ではあります。

結局のところ「昔の道徳」とは、理想的な人間というのを想定して、それを目指して各人が努力する、立派な人間になれないのはその人の努力不足であると考えるものです。しかし私たちは、完璧な人間なんてものはこの世に存在しないということを知っています。だからそうした道徳は現代ではどこかリアリティを欠いています。そこでまずは漱石にならって、生徒たちには具体的な例に触れてもらうことから始めました。彼自身も講演の中で、江戸時代には遠くへ来るにも

「駕籠に揺られて五十三次を順々に越すのだから(中略)間に合わないで済むとすれば、私がどんな人間であるかは、諸君に知(しら)れずに済んでしまう訳である。知られなければよほどえらい人だと思ってくれやしないかと思う」

『漱石文明論集』 夏目 漱石 著/三好 行雄 編(岩波文庫、1986年)、72・73ページ

などと冗談めかして当時の情報の非流動性に触れながら、理想主義的な道徳について説明をしています。

それに対し「今の道徳」とは各個人の人間性と自由を尊重する自由主義的な道徳となるわけですが、そのような道徳の変遷に文学上の浪漫主義と自然主義が対応しているというのが講演の趣旨です。最初は難しい顔で読んでいた生徒も、漱石の言葉をいっしょに追っていく中で自然と分かったような気になってくる。現代の私たちですら腑に落ちた気にさせてくれる語り口はさすが漱石といったところです。

最後には受講生も、分かりやすくおもしろい具体例を通じて道徳観の歴史的な変化や文学史上の潮流を対比的にまとめることができていました。また発展的な問いとして、現代の道徳観は一体どのようになっているかという点をみんなで話し合い、授業終了となりました。

夏目漱石に導かれつつ、難しい概念を自分の言葉で説明できるようになった経験は大学受験に向けた勉強にも必ず生きてくることでしょう。


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