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リベラル書籍紹介#16『なぜ人と人は支え合うのか -「障害」から考える-』

この連載ではY-SAPIXのオリジナル科目「リベラル読解論述研究」で使用した書籍について、担当する職員が紹介していきます。

今回は、中学生3月期で使用した『なぜ人と人は支え合うのか -「障害」から考える-』です。

『なぜ人と人は支え合うのか -「障害」から考える-』渡辺一史
(ちくまプリマー新書、2018年)

「障害者について考えるということは、じつは健常者について考えることであり、同時に、自分自身について考えることでもあります」

なぜ人と人は支え合うのか -「障害」から考える-P.12より

これは、本書のテーマを端的に示した一文です。

本書は「障害者と健常者の共生」について述べています。しかしながらこの書籍は、どうすれば障害者も快適に暮らせるか、障害者にやさしい世の中にするべき、というような「障害者は社会的な弱者である」という考えを最初から取り払い、障害者と健常者は繋がっているという前提で意見を主張します。障害を持っているか否かに関わらず、誰の助けも借りずに生きていける人はほぼ存在しません。それならば、すべての人が互いに助け合い、足りないところを補い合って「自立」していける社会を作っていくのが望ましい。それが著者の主張です。

しかし本当に、障害者が健常者と支え合い、「自立」できる人生を選ぶことは可能なのでしょうか。また障害者と健常者が対等になる関係とは具体的にどのようなものなのでしょうか。その疑問に答えるべく、本書では、自分の意思で「自立」の道を選んだ障害者の方々の取り組みが紹介されています。

その代表例として、第2章で鹿野靖明さんという方が登場します。鹿野さんは進行性筋ジストロフィーという体が自由に動かせない難病を抱え、もとは施設で生活していました。しかし、地域で普通に生活したいという思いから、ボランティアの方々を募集して自宅に呼び、直接介護の方法を教えながら暮らすという人生を選んだのです。介助するボランティアに対して、鹿野さんは一切遠慮をしませんでした。自分の希望を優先し、ボランティアにどんどん次々指示を与えたのです。また、ボランティアもそうした鹿野さんの性格にとまどいつつ、信頼関係を築くことができました。そして、この経験を通して誰かを「支える」立場になったことで生きがいを見出し、精神的に「支えられた」ボランティアが存在したことも判明しています。

この鹿野さんとボランティアとの関係は、障害者と健常者が互いに支え合って「自立」を実現した例のひとつといえます。また、他に紹介されている方々も皆、障害を理由に夢や目標を諦めるのではなく、介助者や支援サービス等の手を借りて「自立」していきたいという姿勢を貫いています。こういった事実からも、「自立」とはひとりで全部を行うことではなく、むしろ他者の助けを積極的に借りて自分の人生を充実させることであるとわかります。そして、この恩恵に誰しもが簡単にあずかれるようになったとき、はじめて著者の主張する「人と人とが支え合う」社会が成立するといえるでしょう。

しかし一方で、障害者と健常者の間に差を感じる場面についても、著者は言及しています。障害者を目の前にすると妙に緊張してしまう、障害の「害」の字が不適切であるという理由で「障がい」等の表記に修正する、などの現象がそれにあたります。これらは「障害者と健常者の共生」を当たり前にする社会を目指すにあたり避けられない問題であり、また簡単に解決できない大きな壁でもあります。

とはいえ、半世紀ほど前と現代で、障害者と障害に対する見方は大きく変わりました。かつての日本社会では福祉制度は未発達であり、障害者が「自立」して生活することは今より格段に難しい状況でした。しかしそんな状況を大きく変えたのは、他ならぬ障害者当人たちの訴えです。「自立」できる環境を求めた結果、社会の仕組みは障害者の存在を考慮するように変化していきました。今日、公共施設や街のバリアフリー化がごく当然に行われているのも、こうした地道な努力の成果なのです。そのため、現代でもごく自然に「人と人とが支え合う」ことのできる社会を作るためには、何が必要であり、どのような意識を持つべきか考えて先人のように主張し続けることが大切です。この書籍はその大きなヒントをくれる一冊です。

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