リベラル書籍紹介#17『旅に出ようー世界にはいろんな生き方があふれてる』
この連載ではY-SAPIXのオリジナル科目「リベラル読解論述研究」で使用した書籍について、担当する職員が紹介していきます。
今回は、中学生4月期で使用した『旅に出ようー世界にはいろんな生き方があふれてる』です。
この本は、著者が5年間かけて世界中をめぐった旅の記録です。しかし、単に異国での風景や文化の紹介にとどまった書籍ではありません。
著者はこの旅で、さまざまな人と出会い、仲良くなり、深く語り合うことを一貫して積極的に行っていますが、その目的は「世界にはいろいろな生き方がある」ことを知るためです。旅に出なければ決して学ぶ機会がなかった事実や、日本で暮らしているうちは考えたことのなかった問題に直面し、自分なりの感想と意見を率直に記しています。
たとえば最初の旅で著者とその妻はオーストラリアに向かい、ボランティア活動を通じてある一人の女性と知り合います。彼女はもともとアフリカ南部のジンバブエで暮らしていましたが、当時の政情不安から国全体の治安が乱れ、身の危険を感じたために子供を連れて逃れてきたことを語ります。
この出会いを通じて著者は、日本で平和に暮らせることのありがたさを痛感し、同時に、第二次世界大戦時のように日本もまた、そのような状況になる危険性はゼロではないということに気づきます。オーストラリアの旅は著者にとって最初の本格的な長旅でしたが、この女性との出会いを通して「自分とは全く異なる背景を持つ人たちの出会いによって、自分自身の人生もきっと何倍にも広がっていくはずだ」(P20)ということを確信した著者は、旅が与えてくれる数多くの出会いに胸を膨らませていきます。
それから著者は、オーストラリアから東南アジア、中国、ユーラシア大陸をめぐり、その国が持つ文化や歴史のもとに、さまざまな生き方を選んだ人々と交流を深め、視野を広げていくことになります。
現在はインターネット上のサービスにより、世界中の風景を撮影した衛星写真を、無料で閲覧することができます。また、SNSを通して、世界中から発信された情報を即座に手に入れることも可能です。しかし、それが世界にまつわる情報のすべてではありません。たとえどんなにある国の歴史や風習について学んでも、実際に国民の日常生活にそれがどれだけ反映されているか、ということは現地に実際に行ってみないとわからないことが多いからです。
その例として、著者はイランでの旅の出来事について記しています。イランはイスラム教を信仰する人々が多く存在し、戒律を守りながら暮らしているということは日本でもよく知られた事実です。しかし、著者はその知識から、自分たちのような異教徒が受け入れられるのか、という漠然とした不安を抱えていました。しかし実際はイランのどの地に住む人々も、イスラム教への深い信仰を見せる一方で、著者とその妻を温かく歓迎してくれました。
著者はこうしたイメージの違いを「チャドルの外面と内面」とたとえています。チャドルとはイスラム教徒の女性が着用する黒い服のことであり、教えを厳格に守るイスラム教徒の象徴としても知られています。著者がイランに向かう前、漠然と抱いていたイランへの壁や不安は、いわばこのチャドルの外観のイメージに由来するものでした。しかし、現地に向かった際、著者はこのチャドルの内側の服装は日本の女性が身につけているものとほぼ変わらないことを知ります。この経験をきっかけに、著者は、チャドルの外ばかりではなく、チャドルの内にある、私たちとごく変わらない日常を送る人々の存在も意識すべきであるということに気づきました。本書では、イラン各地をめぐりながら、現地の人々とのふれあいを通して、このチャドルの外面と内面両方を実感する数々の出来事に遭遇します。ここにもまた、旅を通して自分自身の視野を広げ、人生を豊かにしていく著者の姿を見ることができます。
前述したように、現在はインターネットで手軽に世界各国の情報を手に入れることができます。しかし、そのような表面的な情報を知るだけでは「自分たちと違う生活を送っている人たちがいる」という浅い理解にとどまってしまうことも少なくありません。
そこからもう一歩考えを進めるためには、現地の空気に触れ、そこに住む人々と交流を深めることが不可欠であることが本書を読むとよくわかります。ここ数年は、気軽に海外旅行に向かえない環境にあるためタイトルのように、気軽に『旅に出よう』というわけにはいかないかもしれません。それでも、世界各国の情報に触れる際には、まず本書を読んで、世界には積み重ねてきた歴史や文化のもとでさまざまな暮らしを送っている人がいること、その一方で自分たちと共通する点がどこかに見出せるということを知っておけば、少しだけ視野を広げて物事を見ることができるのではないでしょうか。