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リベラル書籍紹介#32『いのちを“つくって”もいいですか?―生命科学のジレンマを考える哲学講義』島薗進

この連載ではY-SAPIXのオリジナル科目「リベラル読解論述研究」で使用した書籍について、担当する職員が紹介していきます。


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今回は、中2生が夏期講習で使用した『いのちを“つくって”もいいですか?―生命科学のジレンマを考える哲学講義』です。

『いのちを“つくって”もいいですか?―生命科学のジレンマを考える哲学講義』
島薗進(NHK出版・2016)

近年、バイオテクノロジーの発達に伴い、人々の「より長く、より健康かつ幸福に生きたい」という願いを実現するための医療技術が多く生み出されてきました。これらは正常に機能する身体をそれ以上のものへと増強するようなものであり、うまく働かなくなった身体をもと通りにすることを目指す「治療」に対して「エンハンスメント」と呼ばれています。この本で紹介されている「エンハンスメント」の例をいくつか見てみましょう。

2013年から、日本では「NIPT」という出生前診断が導入されています。これは妊婦の血液中に含まれる胎児のDNAを解析することで、胎児がダウン症などの先天的な異常をもっていないかを調べるものになります。採血のみで検査できるため、従来の出生前診断に比べ妊娠の初期段階で簡単かつ安全に検査を行うことが可能になったうえ、検査の精度も向上したといわれており、より多くの妊婦が診断を受けるようになることが期待されています。以上に加え、受精卵の段階で遺伝子操作を加え、親が望むような特質を備えた「デザイナー・ベビー」を作り出す、ということも既に行われています。これらの技術は、正常に妊娠できることを前提としたうえで、より健康な、またより望ましい子どもを産めるようにするためのものだといえるでしょう。


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また、2012年にノーベル賞に関連して「iPS細胞」が日本で話題になったのはご存知でしょうか。「iPS細胞」とは、人体のあらゆる部分に分化することができる「万能細胞」と呼ばれるものの一つです。従来も「ES細胞」という万能細胞の研究が進められていましたが、これを作り出すには、そのまま成長すれば人間になる「胚」を壊す必要があったため、人道的な観点からの批判が少なくありませんでした。一方「iPS細胞」は4つの遺伝子を作用させて初期化させる、という方法で作られるため、上記のような批判を回避することができます。「iPS細胞」のような万能細胞の研究の進展を受け、あらゆる病気のメカニズムの解明に加え、老化により機能が低下した臓器や組織を取り換えることによる更なる長寿の実現も期待されるようになっています。万能細胞由来の心臓の培養を人間以外の動物の体内で行うための研究も進められています。

ここまで紹介してきた「エンハンスメント」を、我々は自分たちをより幸せにしてくれるものとしてそのまま受け入れてもよいのでしょうか。実は、これらの医療技術の登場により、我々は今までにはなかったような生命倫理的な問題に直面させられているのです。

今までであれば、どのような子が産まれてくるか分からない中で親は妊娠した子どもに愛情を抱き、たとえ産まれた子どもが先天性の病気や障害を持っていたり、期待したほどの能力や性質を有していなかったりした場合でも受け入れてきました。しかし、「NIPT」や「デザイナー・ベビー」が普及することで、上記のような子どもは産まれる前に排除されてしまう可能性が出てきます。日本においては、「NIPT」で陽性が確定した妊婦のうち9割が最終的に中絶に踏み切っているとされています。疾病の有無や能力の優劣等により産まれてくる命が選別されるという事態が生じてきているのですが、はたしてこれは許されてよいことなのでしょうか。

「iPS細胞」などの万能細胞もまた生命倫理的な問題を抱えています。他の動物の体内で万能細胞由来の心臓を培養する研究について先述しましたが、これが実際に人間の体に移植されるとなると、人間と他の動物という、種族間の境界が曖昧になることが考えられます。また、万能細胞から精子、卵子などの生殖細胞を作り出すことができれば、人工的に生命を誕生させることも可能になります。万能細胞からの生殖細胞精製は現状ではマウスを用いた実験でしか成功していませんが、将来的に人間においてもできるようになる可能性は十分あるといえます。このように、万能細胞により「人間」の定義や種としての人間の在り方が根本から問い直されることになりかねないのです。

以上のような生命倫理上の問題に、我々はどのようにして立ち向かっていくべきなのでしょうか。そもそも、バイオテクノロジーの発展をどこまで許容すべきなのでしょうか。著者は、これらの問いに答えるための根拠を、これまで科学の舞台で主流とされてきた西洋的な価値観とは異なる日本的な「いのち」の捉え方に求めていきます。

テキストは、各々のエンハンスメントが生じさせる倫理的問題についての意見や賛否を述べる問題に加え、著者の主張の核心に関わる部分についての記述説明問題もいくつか収録し、自分なりの考えを確立しつつこの本の主旨をしっかり理解できるような構成にしました。

我々日本人が無意識のうちに前提としている生命観とはどのようなものか、それが生命倫理上の問題に応答するうえでいかにして有用性を発揮するのか、この本を読みながら考えてほしいところです。


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