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リベラル書籍紹介#5 『はじめての哲学的思考』苫野 一徳

この連載ではY-SAPIXのオリジナル科目「リベラル読解論述研究」で使用した書籍について、担当する職員が紹介していきます。

今回は4月期に中学2年生の授業で使用した『はじめての哲学的思考』です。

『はじめての哲学的思考』
苫野 一徳(ちくまプリマー新書、2017)

皆さんは、哲学と聞いてどのようなイメージを思い浮かべますか。よく分からない、難しそう、役に立たない、理屈っぽい……このように考える人は少なくないはずです。そしてそれらは、一概に間違っているとは言えないのです。筆者は「まえがき」の中で次のように述べています。

この二〇〇年あまり、哲学はあまりにむずかしく、そして専門的になりすぎてきた。その壁を、僕たちはそろそろ壊してしまう必要がある。そしてこの力強い思考法を、だれもが自分自身の問題を考えるために役立てられる地図として、明るみに出す必要がある。
(『はじめての哲学的思考』10ページ)

筆者は同時に、哲学とは人類がさまざまな問題を考えるためにとことん磨き抜いてきた知の結晶であるとも述べています。そこに秘められた「考え方のコツ」を掴めば、現代を生きる私たちも日々の悩みから解放される端緒が得られると。「なぜ学校に行かなければいけないんだろう?」「将来どう生きていけばいいんだろう?」「どうすれば貧困をなくせるんだろう?」このような問題について考えるときに、哲学はたしかに「役に立つ」ものなのです。本書は、哲学なんて知らない、けれども日々いろいろなことについて頭を悩ませている、そうした「一般人」に向けて書かれた一冊です。

第1部では、哲学とは何かということについて、宗教や科学と比較しながら説明されます。今まで哲学を勉強したことがないという人でも、それがどのような営みなのか、何を目的としているのか、といった点について理解できるように平易に書かれています。筆者によれば、哲学とは物事の本質を明らかにするものであり、科学が扱うような「事実の世界」ではなく、私たちの生活世界である「意味の世界」について考察を深める思考の方法であると言うことができます。

第2部では、本書の核心である「哲学的思考の奥義」について説明されます。そこでは問題についてどのように考えればよいかということだけでなく、私たちが陥りやすい思考の落とし穴にも触れられています。そのうちの一つ、いわゆる二項対立的な問いについて紹介しましょう。たとえば

「学校は生徒に学力をつけさせるためにあるのか?それとも、協調性や社会性を身につけさせるためにあるのか?」

と問われたとします。どっちが正解なのだろうと迷ってしまう人が多いのではないでしょうか。この問いに対して即座に答えが出せないのは当然のことです。なぜなら、場合によって学校の役割は変わってくるものですし、その両方が学校に求められる場合も少なくないからです。この世の中で「どちらかが絶対に正しい」ということはほとんどありません。にもかかわらず、まるでどちらかが絶対に正しい答えであるかのように、人を欺くかのごとき問いの立て方を、筆者は「問い方のマジック」と呼んでいます。

このような問いは、その問い方を変えなければいけません。先述の例であれば「学校はどのような場合に学力をつけることを重視するべきで、どのような場合には協調性や社会性の習得を重視すべきか」あるいは「学校は学力をつけることと協調性や社会性の習得、どちらをどの程度重視すべきか」という問いにすることで、建設的な議論を生み出すことができます。考え方の異なる人々が、一定の共通了解にたどり着くために議論をしていくこと。それが哲学的思考の要になっています。

第3部では、哲学対話をするための方法論が説明されています。その中の一つは「本質観取」と呼ばれるものです。これはあるテーマについて、参加者がそれぞれの体験を出し合い、対話を通じてその本質を見出そうとする活動です。客観的な真理を発見しようとするのではなく、あくまで体験に即して考え、主観的な共通了解を作り出そうとする点が特徴的です。個人の体験をもとに、その共通性を探ったりお互いの問題意識について答えたりすることを通じて全員が納得できるような説明を見つけ出します。

筆者は最終講で「哲学的思考はシンプルであれ」と述べています。哲学というと難解な学問だと思われがちですが、本書ではその思考法が明快に説明されています。本書を読み、哲学的な思考法を実践することで、日々の悩みに対して一つの答えを得ることができるかもしれません。


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