リベラル書籍紹介#8『それをお金で買いますか―市場主義の限界』マイケル・サンデル
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リベラル書籍紹介#8『それをお金で買いますか―市場主義の限界』マイケル・サンデル

この連載ではY-SAPIXのオリジナル科目「リベラル読解論述研究」で使用した書籍について、担当する職員が紹介していきます。

 今回は7月期に高校生の授業で使用した『それをお金で買いますか』です。

『それをお金で買いますか』著:マイケル・サンデル、訳:鬼澤忍
(早川書房、2012)

本書は、日常生活への市場的な価値観の浸透に関するあらゆる事例を検討しつつ、市場的価値観を導入すべき範囲について再考していくことを主題としています

冒頭で著者は、80年代から2008年の金融危機までの約30年間は「市場勝利主義」の時代であり、それが現在の「市場社会」とも呼ぶべき状態を生み出したと述べています。すなわち、市場こそが社会の繁栄や自由を実現するための至高の手段であるという思想が支持され続けたために、「全ての物は『商品』として売買される」という前提の下で社会関係が構築されるようになったというのです。以上のような「市場社会」の在り方を示すものとして、本書では様々な事例が挙げられていますが、そのうちのいくつかを取り出してみましょう。

まず、第2章では「行列に割り込む権利」の売買について述べられており、日本でも近年話題となったダフ屋によるチケット転売等が具体例として挙げられています。また、こちらは少々驚くべき事例かもしれませんが、第4章では「バイアティカル」という、末期疾患を抱える人が生命保険を投資家達に売ることで、投資家達は保険料を肩代わりすることと引き換えにその人が亡くなったら死亡保険金を受け取る権利を得るという取引が紹介されています。

上記の2つの例は、いずれも市場的な観点から見た場合には特に問題のあるものではありません。前者に関していえば、ダフ屋は買い手からお金を受け取ることで利益を得ており、また買い手はダフ屋から買うことで、行列に並ぶことなくチケットを入手するという福利を得ています。チケットをより高値で売買できるという側面もあるでしょう。後者については、投資家達は死亡保険金により莫大な利益を得る一方で、末期患者は生命保険を売ることで余生を送るための資金を手に入れることができます。以上のように、買い手と売り手の双方に利益をもたらし、社会全体の福利を向上させるという意味では、ダフ屋やバイアティカルはむしろ望ましいものだともいえるのです。

しかし、皆さんの中にはこれらに対して不快感や嫌悪感を抱く人も少なくないでしょう。実際に日本では、ダフ屋によるチケットの転売について日本音楽事業者協会などが抗議声明を出し、2019年に「チケット不正転売禁止法」が成立しています。このような市場的には問題のない行為への反発の根拠として、本書では2つの観点からの異論が取り上げられています。

1つ目は、「公正」の観点からのもの、つまり裕福であるか否かにより不平等が生じてしまうという異論です。ダフ屋による転売が行われると、チケットに高い価値を感じてはいるが高い料金は払えないという人がイベントに参加できなくなってしまう可能性があります。また、経済的に困窮している末期患者が、その意志に反して生命保険を売り渡すことを強いられることも生じうるでしょう。このように、裕福でない人が不利な状況に置かれるという点から市場に反論するのです。

2つ目は「道徳の腐敗」の観点からの異論です。著者は、こちらの方をより根本的なものとして挙げています。ダフ屋の場合、主催者ではない立場でチケットを商品として扱うことにより、主催者がイベント等に与えている価格に表れない意義や価値を踏みにじることになってしまいます。バイアティカルに関していえば、投資家達は利益を得るために末期患者が早く死ぬことを希望することになってしまいかねません。このように、市場を導入することで、人々の数字に表れない価値観や道徳心が貶められてしまうというのです。

市場の導入により人々の道徳心が損なわれてしまう可能性があるのだとしたら、我々はどこまで市場を取り入れ、そして何を道徳的価値観に基づくものとして残すべきなのか―以上の問いについて考え、議論するための枠組みの提供をこの著書の目的にしていると著者は述べています。皆さんも本書を読むことを通じて、自分の身の回りの物事のなかでお金にかえられない、またかえてはいけない価値を持つものは何か、今一度考え直してみると良いかもしれません。

▼リベラル読解論述研究とは
大体月に1冊のペースで幅広い内容の課題図書を読み、授業内でテーマについて討論し、最終的に小論文にまとめ、添削されることでより良い表現を学んでいく、という、読解力、思考力、表現力、論述力などを総合的に鍛えることができるY-SAPIXのオリジナル授業です。

一般入試の国語から、医学部受験での小論文対策、総合型選抜や学校推薦型選抜での面接や志望理由書作成といったものまで幅広く対策可能です。

オンラインでも受講できますので、ご興味のある方はご連絡ください。

※Y-SAPIXは大学受験対策の塾です。したがって対象は大学受験を目指す高校生と中高一貫に通う中学生となっております。ご承知おきください。

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note新エディタ

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