リベラル書籍紹介#38『市場って何だろう』松井 彰彦
この連載ではY-SAPIXのオリジナル科目「リベラル読解論述研究」で使用した書籍について、担当する職員が紹介していきます。
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今回は、高校生2月期で使用した『市場って何だろう』です。
皆さんは「市場」という言葉の読み方を聞かれたら何と答えますか?すでにお分かりのことと思いますが、この語には「イチバ」と「シジョウ」という二種類の読み方があります。では次に、それらの違いを尋ねられたらいかがでしょうか。
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本書籍を扱う授業の最初は、このような問いから始めました。なんとなく分かってはいるものの、いざ説明を求められると難しい問いではないでしょうか。初めは生徒たちも戸惑いながら、「『イチバ』だと『魚市場(うおいちば)』とか言うよね」「『シジョウ』はなんかもっと大きなものを指している感じがする」などと、具体例を挙げたり、自分の中のイメージを何とか言葉にしたりしながら考えていました。
生徒たちの答えは概ね正解で、「イチバ」と読む場合は主に「商品が集まり、取引が行われる場所」のことを指します。一方「シジョウ」と読む場合にもそのような意味はありますが、さらに「売買の制度全体や、経済のメカニズム全体」を指すことができます。つまり両者を使い分ける場合には、「イチバ」は具体的な「場所」、「シジョウ」は抽象的な「システム」を意味すると捉えることができるでしょう。
当然ながら、本書籍のタイトルは『市場(しじょう)って何だろう』です。経済学の初歩的な考え方や概念などを、中高生にも分かりやすく解説してくれる内容となっています。全九章から構成され、さらに全体は二部に分かれます。
第一部の主題は「市場とは何か」ということです。有名な昔話である「さるかに合戦」や戦後日本の闇市の話から市場と共同体の関わりについて考察されます。また「ゲーム理論」の説明や「市場の失敗」といった重要な概念の説明も含まれます。おもしろいのは、一般的には社会問題として語られる「医師の偏在」の問題を「市場の失敗」として経済学的に考察しているところです。少し見てみましょう。「医師の偏在」とは、診療科や地域によって医師の数に格差が生じ、必要な医師数が確保できず十分な医療サービスが提供できない場合が生じているという問題です。著者はこれを「価格調整」の問題として分析しています。たとえば生鮮食品などは価格を通じた需給の調整が瞬時に行われますが、それに対し医療サービスの場合は価格にあたる診療報酬が政府に一元管理されています。そのため医師が報酬に比べて働きやすい地域や診療科を選ぶことは避けられません。つまり「医師の偏在」という問題は、市場のシステムが健全に機能していない結果であると見ることもできるということです。
このように、本書は単なる経済学の入門書に留まらないところにそのおもしろさがあります。第二部は差別をテーマとしており、「みんなのための市場」というタイトルがついています。障害や性別、人種といった点で差別されている人々と市場との関わりを論じながら、彼らが市場の中で自立していく様を描き出しています。最後に、著者の「あとがき」からの引用をご紹介して本記事を締めくくりたいと思います。
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