リベラル書籍紹介#43『それをお金で買いますか─市場主義の限界』 マイケル・サンデル、鬼澤 忍 訳
この連載ではY-SAPIXのオリジナル科目「リベラル読解論述研究」で使用した書籍について、担当する職員が紹介していきます。
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今回ご紹介する書籍は、リベラル書籍紹介#8で過去にご紹介したものと同じです。
この本の魅力についてより詳しく知りたい!という方は、ぜひこちらもお読みください。
今回は高校生7月期で使用した『それをお金で買いますか―市場主義の限界』です。
本書は、市場的価値観が私たちの生活へ浸透してきた具体的事例を通して、市場では評価されない道徳的・市民的善を問う内容となっています。
冒頭では、通常では売り買いの対象としてイメージされないものまでが実際には売買の対象となっていることが紹介されます。そして、このような市場勝利主義の状況に対し、市場が一定の距離を保つべき場所を決定するために、健康・教育・家庭生活・自然・芸術・市民の義務など種々の善の道徳的意味の検討が必要だと述べられます。
本書は経済学的な内容を中心とする書籍ですが、医療倫理との結びつきに着目して読んでみるのも面白いです。
第2章において、「健康管理」に金銭的インセンティブを提供する事例が述べられています。患者の三分の一から二分の一は処方されたとおりに薬を飲まないため、症状が悪化した場合に医療経費が余計にかかることになる結果となることを避けるべく、処方された薬を飲むと報奨金が与えられるような例があるというのです。皆さんは、この事例にふれてどう感じましたか?
「自己責任に過ぎない問題にお金が支払われるのはおかしい!」と感じるでしょうか。それとも、「コストと利益の問題として、報奨金に効果がある限りでやむを得ない選択だ」と感じるでしょうか。また、これが「薬を指示通り服用した人」ではなく、「禁煙を実行した人」に対する報奨金だとしたら、考えは変わるでしょうか。
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本書は、この問題についてより深い視点を与えてくれます。実際、健康管理に対する金銭的インセンティブには反対派が多いようですが、安易な批判で議論を終えてしまうことは適切ではありません。
例えば、インセンティブを実施したことで「国の医療経費を最小に抑えることが、人が主体的に健康で居続けようとする精神より重要だ」という認識が当たり前になってしまうとどうでしょうか。人が自身の健康を「健康」のためではなく、「お金」のために管理してしまうようになってしまうと、どんなことが起こりうるでしょうか。たとえ経済合理性を満たしていたとしても、人間のあり方として果たしてそれは望ましいのでしょうか。
このように、市場的概念には、道徳の次元との結びつきが少なからず存在します。コストパフォーマンスに優れた選択が人間らしい価値観を損なう可能性を孕むことに、私たちは自覚的になる必要があるのかもしれません。
現代社会では、この書籍が発行された2014年よりも一層の技術進歩がなされています。AIの急成長なども目覚ましい中、無意識のうちに道徳的側面がないがしろにされている事例が、私たちのすぐ近くにもあるのではないでしょうか。お金と道徳のあり方について考察することは、私たちの「生き方」を考えることに直結し、それは文系の次元にとどまらず、科学・技術系、医療系の道を志向する上でも強く求められる姿勢なのだと思います。
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