リベラル書籍紹介#41『死刑 その哲学的考察』萱野 稔人
この連載ではY-SAPIXのオリジナル科目「リベラル読解論述研究」で使用した書籍について、担当する職員が紹介していきます。
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今回は、中3生5月期で使用した『死刑 その哲学的考察』です。
死刑とは、重罪を犯した者に対して、その生命を絶つことで成立する刑罰です。死刑はその性質上社会の犯罪抑止に効果的とされ、かつては世界各国で採用されていました。歴史上の人物でも、当時の基準で重罪を犯したとされ、死刑によりその生涯を終えた者は多数存在します。そういった背景から、特に法律に詳しくない人にも死刑制度は広く知られています。
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処刑方法や基準の統一を経て、現代の日本でも死刑制度は存続されています。日本の内閣府世論調査(令和元年)によれば「死刑は廃止すべき」と答えた人は9%、対して「死刑もやむを得ない」と答えた人は80.8%でした。この結果から、現代の日本社会にとっても死刑制度は、重罪を犯した者に対する刑罰として定着していることがわかります。
しかし近年、死刑制度は多くの国家で縮小、廃止の傾向にあります。これは、人権という概念の定着により、死刑というシステムに抵抗を示す人々が増えたこともありますが、そもそも死刑が犯罪者と社会に対して最も効果的な刑罰とならない可能性を指摘されていることも、大きな理由となっています。本書の第2章「死刑の限界をめぐって」では、その点について詳細な解説があります。まず、死刑が犯罪者にとって刑罰とみなされないケースです。犯罪者の中には、生活の苦しみから逃れようとして、最初から死刑になることを目的に重罪を犯した人間が一定数存在します。少なくともこの場合死刑は罰ではなく、むしろ望みを叶えてくれる都合のいい制度と化しています。また、現代社会においては死刑が犯罪抑止の効果を発揮しているか証明できません。確かに社会の犯罪率は戦後から低下していますが、それは社会システムが整備されたことや、人々の死亡率の低下などにより死の概念が日常から離れていった影響の方が大きく、総じて犯罪率の低下は死刑制度の存続とは関係ないと著者は説明しています。
こうして死刑の効果や必要性が揺らいでいる現状を鑑みると、世界各国で死刑制度の見直しが行われているのも不思議ではありません。しかし、前述の調査からもわかるように、現代の日本で死刑制度がある程度受容されているのも事実です。それはなぜでしょうか。著者はその理由のひとつに、 死刑制度を支える道徳の存在を挙げています。人の命を奪うことは罪と感じるにもかかわらず、死刑によって人の命を奪うことは許す、というのは一見すると矛盾しているように思います。しかし著者によればそれは道徳というものが
からなのです。つまり私たちは一般的な道徳観念に照らして、死刑は罪の例外にあたると考えているのです。それでは、なぜ私たちはそのように考えるのか?そのような道徳的判断はどこまで通用するのか? 本書は、私たちが普段当たり前に受け入れていた道徳観念を、哲学的理論を利用して論理的に説明することを試みています。道徳観念はしばしば「そう決められているから」「だめなものはだめだから」などの単純な言葉でまとめられてしまうことがありますが、それでは説明が不十分です。きちんと道徳の本質をとらえるためには、本書で紹介される哲学論の仕組みを理解して、死刑をめぐる問題にあてはめながら考えられるようになる思考力を養うことが大切です。
前述したように、死刑制度は国際的に廃止や縮小が進んでいることから、そう遠くない将来日本でも、制度の見直しを迫られる可能性があります。本書は死刑に賛成、反対という特定の立場から意見を述べる内容ではありませんが、その是非について考えるヒントが多くあります。死刑制度の根拠となっている法律は、私たちの生活を安全に守るために簡単には変えられないようになっています。それだけに、この問題についてはひとりひとりが慎重に考えていく必要があります。
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