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【国語力を高める100冊】#6「論旨」/『議論入門』(香西秀信 ちくま学芸文庫)

東京大学の国語試験の第1問(現代文)には、120字の記述問題(問4)があります。今回は、東大受験生にとっての鬼門、この120字記述問題(問4)について考えてみたいと思います。したがって、今回の記事は東大受験対策に焦点を当てたものとなります。是非、東大受験を考える受験生に読んでもらえればと思います。

さて、この120字記述問題(問4)には、近年では、ほぼ必ずと言っていいほど、「本文全体の論旨を踏まえた上で」という条件が付されます。あるいは、年度によっては、「本文全体の趣旨を踏まえた上で」(太字部分、筆者)と記されている場合もあります。まず、その内訳を、東京大学の入試問題が現在の形式になった2000年以降を対象に確認してみましょう。以下のようになります。

「全体の論旨を踏まえて」型
→ 2000年、2005年、2006年、2007年、2009年、2011年、2012年、2015年、2017年、2018年

「全体の趣旨を踏まえて」型
→ 2013年、2016年、2019年、2020年、2021年、2022年、2023年

その他、あるいは条件文なし
→ 2001年、2002年、2003年、2004年、2008年、2010年、2014年

これを見ても分かる通り、東大の120字記述問題(問4)は、「論旨を踏まえて」型だけではなく、「趣旨を踏まえて」型もそれなりの頻度で出題されています。むしろ、2019年からは5年連続で趣旨型であることを考えると、今後、120字記述問題(問4)は、趣旨型が主流になるかもしれません。いずれにせよ、東大の120字記述問題は、論旨型と趣旨型が両方とも存在することが分かりますが、不思議なことに、業界においても、この設問条件の違いはほとんど注目されていません。

さて、ここからが本題ですが、論旨とは一体、何なのでしょうか。それは趣旨とは違うものなのでしょうか。もし論旨と趣旨が違うものであるなら、自ずと答案作成の方針も変わってくるはずです。先ほども確認したように、東大国語の120字記述問題(問4)は、論旨と趣旨が使い分けられています。もちろん、論旨も趣旨も同じじゃないか、と言う意見もあると思います。しかし、東京大学がそんないい加減に設問を作っていると考えていいのでしょうか。明確な意図による使い分けがあるはずだとここでは仮定して話を進めます。さて、再び問いに戻りますが、「論旨」とは一体、何なのでしょうか。

困ったときは、辞書を引いてみましょう。辞書を引くと、次のように説明されています。

趣旨 物事の中心となるおもむき。文章や話で言おうとしていること。
論旨 議論の要旨。議論の主旨。 

『広辞苑』(第七版、岩波書店)

しかし、この説明では、二つの言葉の意味の違いが分かりません。むしろ、ほとんど同意として捉えられている印象です。となると、やっぱり趣旨も論旨も同じじゃないかと言われそうですが、そのように決めつける前に、他の辞書にもあたってみましょう。辞書を引くことが大事なのは勿論ですが、複数の辞書を引くことは、もっと重要です。さて、別の辞書には、論旨について興味深い意味を載せていました。

論旨 議論の筋道。

『大辞林』(第四版、三省堂)

「筋道」という言葉に注目しましょう。「筋道」とは、物事の流れや順序のことです。そこから考えれば、論旨とは、議論の流れを踏まえた言葉と言えます。つまり、論旨とは、単に筆者が言いたいことではなく、どのような議論を経て主張が導かれているかという、議論の形式にも配慮した言葉として考えるべきではないでしょうか。実際、「流れ」をイメージさせる「論を展開する」という言い方は可能ですが、「趣旨を展開する」という言い方はできません。やはり、論旨には議論の順序という観点が意味として含まれています。

さきほど述べたように、論旨は、「どのような議論を行っているか」という、議論形式にまで射程を広げた言葉だと結論づけました。逆に趣旨は、筆者の言いたいこと(主張)を中心とした内容であると判断できます。120字記述問題(問4)は、もっとも字数を費やす問題なので、当然、配点も高いものと予想されます。ですから、趣旨型なのに論旨を踏まえた答案を書いたり、あるいは論旨型なのに趣旨に基づいた答案を書いたりすれば、大きく失点するかもしれません。とはいえ、議論形式に配慮せよ、と言われても、何をどうすればいいのか分からないという人も多いと思います。

香西 秀信『議論入門─負けないための5つの技術』ちくま学芸文庫、2016年

 今回紹介するのは、香西秀信『議論入門─負けないための5つの技術』(ちくま学芸文庫)です。議論の類型を分析した本書ですが、香西氏がまとめた議論の類型は、我々が頭を抱えている東大国語120字記述問題に有効な指針をあたえてくれます。以下、香西氏の議論類型のなかで、文章読解に役立つと思われる三つの類型を並べてみます。

A 定義からの議論
例:ボランティアは「自発的」という意味なので、強制してはいけない
B 類比からの議論
例:ボランティアをするのは当然だ。それは、挨拶をするのと同じことだ
C 因果関係からの議論
例:ボランティアをすると内申点に有利だ。だから、した方がいい

Aの「定義からの議論」は、語の定義を根拠として主張を導く議論の形式です。この場合、ボランティアは「自発的」という意味であるという語の定義を根拠として、ボランティアを強制してはいけないと主張しています。

Bの「類比からの議論」は、XとYの共通する部分に焦点を当て、Xにそれを認めるなら、Yにも認めよ、という論法を取る議論の形式です。この場合、挨拶をすること(X)を人として当たり前のことであるとして持ち出し、困っている人を助けるボランティアをすること(Y)も、挨拶をするのと同様に、人として当たり前のことであるとして、ボランティアをすべきだと主張しています。

C「因果関係からの議論」は、主張と根拠を因果関係で結んだ議論の形式です。この場合、ボランティアをすると内申点に有利だということを根拠に、「だから」ボランティアをした方がいいと主張しています(例は、香西氏の書籍に依拠する)。

小論文の指導などで、「主張には根拠が必要だ」とよく言われます。それはたしかにその通りなのですが、ここで注意してもらいたいのは、主張をする際に、どのように根拠を持ち出すのかという手法には意外とバラエティがあるということです。つまり、議論形式には複数のタイプがある。以下、先ほどの議論の類型を参考にして、実際の東京大学の問題を見てみましょう。

2018年の東京大学の第1問は、野家啓一『歴史を哲学する』が出典でしたが、これは、典型的な「類比からの議論」が用いられています。本文の大意は、実在を直視できない素粒子の存在を証明するのが物理学であるのと同じように、実在を直視できない歴史的出来事を証明するのが歴史学だ、というものです。さて、2018年度は「本文全体の論旨を踏まえた上で」という条件が付されている年度でしたが、各予備校が発表する解答速報を見ると、論旨型の設問条件に見合っていない解答例がいくつか見られました。この問題の場合、「論旨」を踏まえて考えると、「物理学と同様に」という文言は必要でしょう。なぜなら、この文章は「類比からの議論」で構成されていることは明らかだからです。もしこれが「本文全体の趣旨を踏まえた上で」であるならば、物理学については書く必要はありません。趣旨型の設問であれば、議論形式を踏まえず、筆者の言いたいことを中心に書くべきです。このように論旨と趣旨では、答案作成の仕方が若干違ってきます。この差異を見逃すべきではありません。繰り返しますが、趣旨とはあくまでも、筆者の言いたいことであり、論旨は、議論形式に注目した語です。以下、「論旨」を踏まえた解答例を掲載しておきます。

2018年 東京大学 国語 第1問 問4
直視できない素粒子の存在が実験や理論で証明されるのと同様に、歴史的出来事の存在も、過去の体験を想起する文書や絵画資料といった個々の物語りを理論的に関連づける手続きを通してはじめて、物語り行為と一体となった歴史的事象として姿を現してくるから。


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