【国語力を高める100冊】 #1「考える」/『ライティングの哲学』千葉雅也,山内朋樹,読書猿,瀬下翔太
国語力を伸ばすには、考える力が必要です。国語教育において、「読む力」や「書く力」をいかに鍛えるかという本は多くありますが、「考える力」については、それほど注目されていません。しかし、考える力は、国語力にとって根源的な力です。考える力がなければ、「読むこと」も「書くこと」も空疎なものになり果ててしまいます。では、考える力は、一体、どうやって鍛えればいいのでしょうか。
ここで大事なのは、「考える」というのは、非定型な能力だということです。つまり、「考える」は、定義ができません。それでは、考えることに意味はないのかというと、そんなことはありません。むしろ、定義ができないということは、考えることには無限の可能性が秘められているということです。これは、また別の視点から見れば、「考える」は、方法論によって定式化できないということでもあります。例えば、教室で先生が「はい、これが『考える力』ですよ」というふうに、知識として伝達できるものではない。考えるためには、概念を有機的に結び付けたり、柔軟に議論の枠組みを変えてみたり、自由に発想したりといった、しなやかな知性がなければなりません。考えることの方式化は、そうした考えることの営みを、逆に狭めてしまいます。
したがって、考える方法よりも、考える環境を作っていくことの方が、はるかに大事です。『ライティングの哲学』(千葉雅也,山内朋樹,読書猿,瀬下翔太/星海社新書)は、そうした考える環境づくりのアイデアがたくさん詰まった本です。
そのアイデアのひとつに、「日常のなかに書くことを導入すること」というものがあります。私たちは何も、机の前だけで考えているわけではありません。友人と話してるとき、食事をしてるとき、トイレに籠ってるとき、シャワーを浴びてるときにも、私たちは漠然と何かを考えています。むしろ、ひらめきというのは、日常の何気ない、ふとした瞬間に訪れるものでしょう。思考は突然降りてくる(だから方法化できない)。ここで大事なのは、そうした思考のコマ切れを、そのまま放置せず、メモを取るなどして書き留めておくことです。つまり、断続的に思いついたことを、意識的につなげてみる。そうすることで、常に何かを考えているという状態を作り上げることができるようになります。私は、普段から、何か思いついたことがあれば、スマホにインストールしているラインのメモ機能に書いておくようにしています。そうすることで、自分が考えてきたことの履歴を作っているのですね。
「考える」といえば、机の前で腕組みをしながら、沈思黙考するといったイメージを抱きがちですが、それだと強い目的に縛られすぎて、逆に、考えることの柔軟さを押し殺してしまいます。『ライティングの哲学』は、もっとゆるく考えていいと主張する本です。机の前でしか発動しない思考力より、ゆるく考え続ける身体づくりの方が、はるかに重要です。むしろ、それが、人間にとって、「考える」ことのまっとうな姿ではないでしょか。藤原辰史氏(京都大学人文科学研究所准教授)は、『縁食論』(ミシマ社)のなかで、あえて目的を強く設定せず、複数の目的を片隅に置きながら、柔軟に思考を維持することを「弱目的性」と呼び、この弱目的性こそ、AIには代替できない人間の知性なのではないかと言っています。考える身体を作っていく。その環境作りが大切なのです。
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