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【国語力を高める100冊】 #3「書く」/『日本語作文術』野内良三 中公新書

多くの生徒にとって、書くことの難しさは小論文で経験することになります。小論文の授業では、最初に「作文」と「小論文」との違いから説明します。たいてい、「作文」は自分の体験や感想を書くもので、「論文」は根拠を伴った主張を書く、という風に教えることになります。ただ、根拠のある主張をしているからといって、それだけでは小論文になりません。もうひとつ、小論文にとって必須の事柄があります。それは、文体です。実は、私は、文体こそ作文と論文との大きな分岐点だと思っています。このことが分からないと、いくら論理的に文章を書いたとしても、全く小論文としての体を為しません。文体というと、「ですます」体や、「である」体の話かと思うかもしれませんが、ここで問題にしたいのは、もっと根本的なことです。たとえば、次の文章を見てみましょう。

例1 消費税を上げてしまうと、みんなが物を買わなくなって、経済が落ち込むのである。


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実際、生徒の小論文を見ていると、程度の差はあれ、このような文体で書かれた文章をよく読まされます。はっきり言って、小論文で書く文章としてはあまりにも幼稚ですし、いくら「である」体を使用しても、小論文の文体としてふさわしいとは言えないでしょう。では、次のように書き換えればどうでしょうか。

例2 消費増税は、内需を縮小させ、経済の低迷を招くのである。

これだと、論文の文体として及第点でしょう。文章も短くなっていることに加え、なにより文体に締まりがあります。それでは、例1と例2の文体の違いはどこにあるのでしょうか。それはもう一目瞭然で、漢字の使用にあります。例2では、例1の「消費税を上げる」を「消費増税」、「みんなが物を買わなくなる」を「内需を縮小」、「経済が落ち込む」を「経済の低迷」というふうに、漢語を中心にした表現に作り変えています。つまり、論文としての文体にその強度を持たせるためには、いかに漢語調の文章を作り上げるかということを意識しなければならないわけです。今回紹介する『日本語作文術』(野内良三 中公新書)は、論文の文体を習得するのに格好の本です。

野内良三『日本語作文術』中公新書、2010年

文章を漢語中心に書き換えるという方法も、本書でその手順を含めて詳しく解説されています。しかも、本書は【練習問題】付きですから、実践を通して論文の文体を獲得することができます。私は、中学生1年生の授業で、まず、この論文の文体を身につけるように指導しています。ある程度慣れてくれば、「本を読めば考える力がつく」→「読書は思考力を育てる」、「早く問題に取り組まなければならない」→「問題への対処が急務だ」といった言い換えは、中学一年生でもちゃんとできるようになります。

それにしても、なぜ漢字中心で書くことが、論文としての文体になるのでしょうか。漢字の学習は、単純に文字の学習を超えた意味があります。日本語は、もともと固有の文字を持ちませんでしたが、漢字を借用することで(「万葉仮名」)、カタカナ、平仮名を生み出していきました。ここで注目したいのは、漢字の使用は単なる文字の借用に留まらず、抽象的思考をもたらすものでもあったことです。たとえば、目に見える身体の部位である頭、顔、首、手、足、腹などは大和言葉ですが、目に見えない臓器の名称(心臓、肝臓、肺、胃など)は中国医学から借用していた漢字です(小松英雄『日本語の歴史-青信号はなぜアオなのか』笠間書院、2001年)。

このように感性や具体の領域を担う言葉が大和言葉であり、論理や抽象を担う言葉が漢字です。この棲み分けは現代の日本語においても基本的には変わっていません。そういう意味で、漢語中心の文というのは、抽象的に物事を論じる「論文の文体」なのです。だから、漢字を学習し、漢字を中心とした文体を訓練することは、そのまま、小論文としての文体の訓練になるわけです。


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