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【国語力を高める100冊】 #8「要約」/『大人のための国語ゼミ』野矢茂樹 筑摩書房

清水義範の『国語入試問題必勝法』(講談社文庫)は受験国語を揶揄した風刺小説ですが、その登場人物に月坂という受験国語のエキスパート講師がいます。そんな月坂先生が受験国語の要約問題を批判したのが、次の言葉です。

「三十字で言えることなら原作者が三十字で言ってるはずじゃないか。それじゃあ言えないからもっと長く書いているんだ。つまりこういう問題は、私の家は駅を降りて右へ出てその街道を道なりに三分ほど歩きますと角に時計屋がありますから、そこで左へ曲がってそのまま進んで、銀行を越したところにあるタバコ屋の向い側の生け垣の家です、という文章を、私の家は駅から歩いて行ける距離のところにあります、とまとめさせるようないいかげんなものだ」(同書、52頁)

★書籍情報=清水義範『国語入試問題必勝法 新装版』講談社文庫、2020年

私は高校生のとき、要約が大の苦手でした。当時の私が、もしこの皮肉たっぷりな月坂先生の言葉を聞けば、おおいに頷き、溜飲を下げていたことだろうと思います。とはいえ、ここで要約なんて無意味でバカバカしいものなのだと言いたいわけではありません。おそらく誰でも国語の授業時間に文章要約の作業を課されたことがあると思いますが、私たちはこの要約作業を通して、一体どのような能力を鍛えようとしているのでしょうか。そして、要約することにはどんな意味があるのでしょうか。そこで、今回は要約の意義を改めて考えてみたいと思います。これまで要約することに「何の意味があるんだ」と感じていたひとも、要約の意義を理解することで要約を得意にすることができるかもしれません。


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要約は、単純に言えば、長い文章を短くすることです。そして、どの部分を削り、どの部分を残すのかは、それなりの作法があります。たとえば、本文における情報度が高いものは残し、低いものは捨てることで、文章を切り詰めていきます。比喩を用いて言い直せば、肉を捨てて骨を残すということです(骨子という言葉には、まさにそういう言葉ですね)。


野矢茂樹『大人のための国語ゼミ』筑摩書房、2018年

さて、今回紹介するのは『大人のための国語ゼミ』(野矢茂樹、筑摩書房)です。この本では、「具体例は多くの場合に切り取ることができる」「補足説明は多くの場合に切り取ることができる」といった、いかに本文の骨だけを残すかという、要約に役立つアドバイスが紹介されています。要約が苦手な生徒は、このアドバイスに従って、要約の練習を積むとよいでしょう。とはいえ、要約問題の難しさは、一見、骨に見えるのが実は肉だったり、肉だと思っていたものが実は骨だったりというふうに、その境界に明確な線が引けないところにあります。また、要約に費やす字数についても、50字以内なのか、100字以内なのかで、書くべき内容も取捨選択しなければなりません。要約は、ある程度までは技術的な問題ですが、最終的には文章全体を読んでじっくり考えるということに尽きます。

さて、私たちは要約することで一体、どういう能力を鍛えようとしているのでしょうか。このことを考える上で、私は、そもそも要約というものは不自然なものだという点に注目したいと思います。私たちは普段、本を読むとき、わざわざ要約をしたり、小見出しをつけたり、意味段落ごとに整理したりといったことをしません。

しかし、国語の授業では、あえてそれらをやります。なぜ、わざわざそんな不自然な言語活動をやるのかというと、そうすることで言葉の新しい発見に出会えるからではないでしょうか。例えば、要約の際、本文の内容を簡潔に言い換えていくわけですが、あまりにも抽象化が行き過ぎてしまうと、内容空疎になってしまいます。私たちが月坂先生の要約批判から学ぶことは、抽象化を極限まで推し進めると、何も言っていないに等しいということです。

要約が難しいのは、本文内容の「明確化」と「抽象化」という逆向きのベクトルの中で、その均衡を見定めながら書かなければならないからです。内容空疎に陥らない範囲でどこまで抽象的にまとめられるか、語彙の言い換えはどこまで許容範囲なのか、要約の作業は語の選択に敏感にならざるをえません。これは日常の言語活動ではまず意識しないことでしょう。しかし、あえてそうしたことを考えるからこそ、言葉への新たな気づきが生まれるのではないでしょうか。本書では、要約の意義のひとつとして「言葉の重み」に気付くことを挙げています。要約には、言葉に新たなに出会い直す契機があるのです。


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