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【国語力を高める100冊】 #7「理解」・西林克彦『わかったつもり』/光文社新書

どの科目でもそうですが、「わからない」ことを「わかった」状態に変えることは大事なことです。そのために受験生は一生懸命勉強しています。ずっと分からなかったことが分かった瞬間、そこには純粋に知の喜びがあるでしょう。しかし、その「わかった」という感触が、実は「わからない」ことの原因だと言われたら、どう思うでしょうか。こう言われると、多くの人が戸惑うはずです。「わからない」のは、知識不足や理解不足のせいであって、「わかった」ことが「わからない」の原因だなんて、一体どういうことだ、というわけです。

人は、「わかった」と思った瞬間、それ以上の探究を止めてしまいます。「わかった」という感触を得た以上、何の疑問も残っていませんし、それ以上のことを理解する動機がなくなるからです。しかし、自分では「わかった」と思っていたことが、実は「わかったつもり」だったということはよくある話です。誰しも、とんでもない勘違いをしたり、誤読をしたりといった経験があるでしょう。これが、「わかった」ことが、「わからない」状態を生み出してしまうメカニズムです。「わかった」は、実に厄介なものなのです。

西林克彦『わかったつもり』/光文社新書

『わかったつもり-読解力がつかない本当の原因』(西林克彦 光文社新書)は、私たちをついつい「わかったつもり」にさせてしまう安易な理解のメカニズムについて解説した本です。そこで述べられているのは、私たちは目の前の文章を虚心坦懐に読んでいると思いがちですが、実は、常識や文章全体の雰囲気、スキーマ(文脈を統括する枠組み)をあてはめて、自分が理解しやすいように文章を読んでいるということです。文章を読むという行為自体にこうした「改竄」が潜んでいるのです。さらに西林氏の調査では、人間は本文にはない因果関係すら勝手に作り上げてしまうことが分かっています。

では、このような「わかったつもり」から脱却するためには、どうすればいいのでしょうか。その解決法自体は単純です。著者は、「わかったつもり」に陥らないために、常に「わかったつもり」状態であることを明確に認識することが必要だと述べています。つまり、読み手が、安易な理解に陥っていないかと自分の読みに常に自覚的になることが、こうした事態を防ぐ方法だというわけです。とはいえ、「わかったつもり」を自覚することは、まさしく言うは易く行うは難しというもので、このことを実践するのは非常に難しい。特に私が従事する市場教育では、このことをより強く感じます。生徒から「文章を速く読めるにはどうしたらいいですか?」という質問をよく受けますが、とにかく速く読んで、速く分かりたいというのが、今の教わる側の風潮です。なにも生徒だけを責められません。教える側も同じようなマインドではないでしょうか。教える側もまた、知識を軽視したり、事象が本来持つ複雑さを過度に一般化したり、文章読解を論理記号の操作と同一視して教えることで、速く分からせようとしてはいないでしょうか。

「ファスト教養」という言葉もある通り、近年では社会全体が、とにかく手っ取り早く、時間をかけず、楽に分かりたいという風潮が強まっています。教育もその波に飲み込まれています。しかし、効率だけを追い求めた学びは、いたずらに「わかったつもり」が濫造されるだけではないでしょうか。そうなると、「わかった」という感触だけは増えているのに、なにもかも「わかっていない」という皮肉な結果になりかねません。ここで、唐突に小林秀雄を登場させますが、小林が常々言っていたのは、「わかるとは、苦労すること」というものです。試行錯誤の末に掴んだものこそ、実感として本当に理解できる。「わかる」ことに対する、この謙虚な姿勢こそ、教わる側も教える側もしっかり見つめなければならないものだと思います。


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