割り算の本来の意味②【コラム:算数と数学の間で】
最近ネットを見ていたら立て続けに「なぜ分数の割り算は逆さにして掛けるのか」「なぜ0で割ってはいけないか」という記事が目に入りました。その記事やコメントがかなり気になる内容でしたので、こちらのコラムを書きました。※この記事は全2回の連載記事の第2回です。
▽前回はこちらから読めます
非日常の数の世界 その1
0,1,2,3,4だけを使った数の世界を考えます。
3+4の計算ができない時点でこの世界は破綻してしまいますので、4を超えてしまった場合は5で割った余りを答えとします。
つまり、3+4=7、7÷5=1…2より、この世界では3+4=2となります。
では、この世界での掛け算はいかがでしょうか。
4×4=16、16÷5=3…1より、この世界では4×4=1となります。
足し算と掛け算は可能なようなので、残りの”四”則演算が可能かどうか確認してみましょう。
引き算が可能であることを説明するために、この世界での足し算の表と掛け算の表を作ってみました。
足し算の表…一番上の段の数に一番左の段の数を加えます。
○の2は、3+4=7、7÷5=1…2より、この世界では3+4=2であることを意味します。
この表を使い、2-3という引き算を行ってみましょう。
太枠の中には2がたくさんありますが、そのうち、一番左の段に3があるものを見つけます。この時見つけた2(△がついています)の一番上の段にある数4が2に3を足す前の数を表すはずです。
足し算を「逆に戻しただけ」ですね?
「5を足してから引き算すればいいじゃん?」その通りですね。こちらは上の式を「逆に戻す」ことをしています。
さて、割り算の方はいかがでしょうか。
こちらも表を作ってみました。
掛け算の表…上の数に左の数をかけた結果が太枠です。
○をつけた2は、4×3=12、12÷5=2…2の(余りの方の)2がこの掛け算の答えになることを表しています。
この世界でもやはり割り算が可能です。2÷3を計算したければ、太枠から2のうち一番左の段に3がくるものを探せば、その2の一番上の段にある数(4ですね)が3を掛け算する前の数を求めることができるはずです。やはり○の2を求める計算を$${\LARGE\text{逆にたどる}}$$わけです。
こちらも3で割り切れるまでに2に5を繰り下げ続けるという求め方も可能です。やはり上の式を逆に戻しています。2+5+5で3の倍数になりますね。
この世界でも掛け算を逆に戻せますよね。$${\LARGE\text{0
で割る以外は。}}$$
この世界でもやっぱり0で割ることはできません。大きくなっても4が限度なので無限は関係ないです。たった5個の数しかありませんが、「どれにも戻せない」ことが0で割れない理由です。
説明に個数を考えるとかなり考えづらくなることが見て取れます。次の例はより個数での説明が困難です。
非日常の数の世界 その2~多項式の世界
中学校に入ると正式に文字式を扱うことになりますが、ちょっとその世界を覗いてみましょう。
文字$${{x}}$$と有理数で作った式について考えます。簡単にルールを説明します。
$${{x}}$$を5個と$${\frac{2}{3}}$$を足したものを、5$${{x}}$$+$${\frac{2}{3}}$$と表します。また、$${{x}}$$×$${{x}}$$=$${\def\sqr#1{#1^2} \sqr{x}}$$などと表します。
この時、$${{x}}$$が何個集まっても$${\def\sqr#1{#1^2} \sqr{x}}$$に繰り上がることはありません(100$${{x}}$$だろうが2兆$${{x}}$$兆だろうが$${\def\sqr#1{#1^2} \sqr{x}}$$にはならない)。新しい桁$${\def\sqr#1{#1^2} \sqr{x}}$$が現れるのは、$${{x}}$$×$${{x}}$$という計算が現れるときだけ、です。
さて、この世界での計算はどのようなものになるでしょうか。
52+47=99となるように、5$${{x}}$$+$${\frac{2}{3}}$$と2$${{x}}$$+$${\frac{1}{4}}$$を足すと、7$${{x}}$$+$${\frac{11}{12}}$$となります。
整数や小数の足し算引き算と異なり、繰り上がりや繰り下がりは絶対に起きないことに気を付ければ、それぞれの桁同士を足したり引いたりすればよく、かえってルールは簡単です。
では、掛け算はどのように行えばよいでしょうか。
(5$${{x}}$$+$${\frac{2}{3}}$$)×(2$${{x}}$$+$${\frac{1}{4}}$$)
を行いたい時は、52×47=52×(40+7)と同様の計算をすればよいです。
$${\LARGE\text{こんな計算してないぞ?}}$$と思う人は実際に52×47の筆算をよく見なおしてみてください。
$${\LARGE\text{…してますね?}}$$というわけで続けます。
(5$${{x}}$$+$${\frac{2}{3}}$$)×(2$${{x}}$$+$${\frac{1}{4}}$$)=(5$${{x}}$$+$${\frac{2}{3}}$$)×2$${{x}}$$+(5$${{x}}$$+$${\frac{2}{3}}$$)×$${\frac{1}{4}}$$=10$${\def\sqr#1{#1^2} \sqr{x}}$$+($${\frac{4}{3}}$$+$${\frac{1}{6}}$$)$${{x}}$$+$${\frac{1}{6}}$$=10$${\def\sqr#1{#1^2} \sqr{x}}$$+$${\frac{3}{2}}$$$${{x}}$$+$${\frac{1}{6}}$$
となり、もはや個数で意味を考えることは難しくなりますが、問題なくこの世界での掛け算が成り立っています。
ちなみに、この世界でも割り算は前回述べた「代用品」の方を使うことになります。
10$${\def\sqr#1{#1^2} \sqr{x}}$$+8$${{x}}$$+3を5$${{x}}$$+1で割ってみてください。
やり方が分からない?繰り下がらないことに気を付けて筆算したら結構できちゃうはずですよ。
答えは2$${{x}}$$+1…$${{x}}$$+2です。
$${{x}}$$+2を取り除けば掛け算の逆が可能なのですが、やはり0で割ることはできません。理由はこれも逆に戻せないからで、大きさがよく分からないこの例でも無限は関係ありませんよね。
これ以外にも実は無数の掛け算・割り算のペアが世の中には隠されていて、それら全てにおいて割り算は掛け算の逆、ですし、0で割ることはできません。
まだまだたくさんの世界がありますが、これらを分類することが数学の重要なテーマのひとつになっていきます。
今回のコラムで言いたかったこと
全ての割り算が同じ性質を持ち、同じ簡単な説明が成り立つなら、わざわざ有理数でしか使えない「個数」の感覚を説明に使う必要はないはずです。
逆に個数に閉じた話なのであれば、個数で説明したほうがスッキリします。このようにどの段階で説明するかで分かりやすさが変化する可能性があります。
多くの人が0で割れないことの理由として無限に言及したり無限をほのめかしたりしていますが、じゃあ1÷0=無限でよくないですか?
実際に中途半端に無限の話をしてしまうと多くの小学生が「0で割ったら無限になるんだぜ」ということを言い始めますが、「3から5を引くと-2になるんだぜ」とはわけが違います。
3-5は確かに中学生になれば-2になりますが、1÷0はいつまでたっても無限にはなりません(複素関数で特別に定義することはありますが…)。
「1÷0が無限になるんだったら無限をかけたら1に戻るの?」とたしなめるのが算数や数学の先生の役割のはずです。
無限になる、は何の説明にもなっていないのです。多くの「先生」が説明のステージを間違っていることで混乱を生んでしまっているように見受けられます。
このことは割り算に限ったことではありません。
例えば平均。本来の意味は「平(たいら)に均(なら)せるところ」で、「全部足して個数で割る」は平(たいら)に均(なら)せるところの「求め方」です(大人向け:その後立式のしやすさと拡張目的で「定義」にとってかわるので話が厄介になりますが、算数段階ではあくまでも「求め方」のはずです)。
100点が□人で、50点が3人。この人たちの平均は90点 □はいくつ?
といった問題の場合、「全部足して個数で割る」一辺倒だと方程式を使うことになりかねません。
算数で説明するなら「90点のところで平(たいら)になるんでしょ」と考え、50点の人たちの90点に足りない分の合計(90-50)×3=120点を100点の人たち10点分の「でっぱり」でちょうど埋められるのだから100点の人数は120÷10=12人 となります。
面積図はこれを理解する(超強力な)補助になりますので活用されている人も多いでしょう。
「全部足して個数で割る」にこだわるあまり、「全部足して個数で割るのが平均だから、平均のところででっぱりと凹みが釣り合うので…」という回りくどい説明も見受けられますが、これも「説明の段階を見誤っているケース」ですね。
…字数が余ったので最後に提案です。
掛け算の逆としての割り算とその代用品割り算の
$${\LARGE\text{2種類の割り算に、}}$$
$${\LARGE\text{同じ割り算という名前を}}$$
$${\LARGE\text{付けないほうがよい}}$$
のではないでしょうか。
違う名前にしておけば諸々説明にも適切な方を選ぶはずなので、混乱は避けられる気がします。
余りを出す方の割り算に割り算以外の名前を付け、割り切る割り算(掛け算の逆)と区別するとよいと思います。$${\LARGE\text{割り算もどき}}$$なんていかがでしょうか。…却下ですか。そうですか。
逆に、どうせ絶滅するのであれば「掛け算の逆」は割り算と呼ばないで(だって掛け算の逆だから)、初めから「逆数を掛ける(ことで元に戻す)」としてしまうという手もありますね。
「掛け算の逆はなんで逆数を掛けるのか」という質問そのものに意味がなくなることになります。$${\LARGE\text{元に戻るに決まってる}}$$じゃないですか。【了】
(Y-SAPIX 山口拓司)
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