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女子の特性に応じた接し方で 成長を促し、可能性を伸ばす~吉野明先生講演会 中学3年間の過ごし方(女子編)~

6月27日、中高一貫校に通う女子中学生とその保護者の方を対象に、吉野明先生によるオンライン講演会が開催されました。吉野先生は、成長段階の男女差や脳科学に関する研究データも踏まえ、女子の自己肯定感を高める中学時代の過ごし方を語りかけました。講演内容の一部をご紹介します。

仲間とつながる学びを通して
新たな社会をつくる力を身に付ける

イベント動画キャプチャー_吉野先生

本日は、皆さんが高校や大学に進み、社会に出てから力をしっかり発揮するために、中学生のうちにやっておいてほしいことについてお話しします。

 これまで皆さんは一つの答えを求め、正解を覚えて点数を取るという勉強をしてきたと思います。つらいときもつらいと言えず、ちょっと無理して頑張ってしまったことはありませんか。自分だけ目標が決まっていないと焦ったことや、分からないことがあっても助けを求められなかったこと、他の人と考え方が違う気がして発言しにくかったことはありませんか。

 これからの学びは、正解を求めることだけが目的ではなくなっていきます。肩の力を抜き、自分の感情に素直になりましょう。完璧でなくてもいいのです。ありのままの自分を受け入れて、自分を好きになってください。それこそが、今日お伝えしたい、一番大切なことです。

 この1年、コロナ禍で学校に行けなかったり、クラブ活動ができなくなったりして、苦しい思いをした人もいたでしょう。多くの私立学校では「授業を止めてはいけない」と、昨年の4.5月ごろから何らかの形でオンライン授業を始めました。生徒の皆さんも、文化祭などの行事をオンラインで実現しようと頑張り、各校で素晴らしい取り組みが行われましたね。ただ、オンライン授業はどうしても目と耳から入る言葉によって知識を伝えることが中心になるため、私にとっては物足りないものでした。6月に生徒が登校できるようになり、「ソーシャルディスタンスを」とどんなに呼び掛けても、久しぶりに会った友だちとつい抱き合ってしまうのを見て、みんな肌と肌とを触れ合わせたいという思いを持っていたのだな、と強く感じました。そして、やはりこれが学校だと痛感したのです。

 人と人との付き合いの本質は、視覚や聴覚だけでなく、五感の全てを通してつながることにあります。これからの学びは、知性、感性、精神性、身体性の全てを含めた「まるごと一人の私」が、仲間と一緒に資質や能力を伸ばしていくものです。私たちが止めてはいけなかったのは、授業ではなく、皆さんのそのような学びだったということに気付きました。

 中学校では今年度から新しい学習指導要領がスタートしました。育成すべき資質・能力の三つの柱として、「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」とともに、「学びに向かう力・人間性等」が掲げられており、他者と協働しながら主体性を持って生きる力を育むことが求められます。

 これまでの勉強は、ゴールも登山道も決まっている山を先生の指示通りに登ればよかったのですが、今後の学びには登山道がありません。目印の旗が立っていても、どこからどうやって、どんなことに気を付けて登ればいいか、自分たちで考えなければいけないのです。独りでは難しいので、みんなでいろいろな情報を集めて話し合いながら登っていくことになりますが、頂上だと思ったところはまだ中腹かもしれません。そのはるか先に多くの頂上があって、どれが本当の頂上なのかも自分たちで考えなければいけない。そんな学びが待っていると思ってください。

 今ある職業の中にはいずれ消えてしまうものもあるでしょう。ですから、どんな社会になっても、周囲の人と協力してその社会をつくっていく力が求められます。皆さんが自分の力で社会を変え、新しい社会をつくっていくのです。

本能を打ち消す言葉が
女の子の自己肯定感を低くする

日本社会で最も変えなくてはいけない状況の一つは、女性が社会の中で十分に力を発揮できていないことです。今年3月に、世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数2021」によると、日本の男女格差ランキングは156カ国中120位。先進国の中では最低レベルです。特に、世界的にも男性社会である「政治」のスコアはゼロに近い低さ。それにもかかわらず、日本では自分たちが国の政治や社会を変えられると思っている若者が極端に少ないのです。自己肯定感や自信も、諸外国に比べてとても低い上、学校生活を送る中でどんどん下がっていくことも気掛かりです。

 また、経済協力開発機構による「OECD生徒の学習到達度調査(PISA2012)」を見ると、男子が数学に関して「楽しい」「必要」「できる」と前向きに取り組んでいるのに対し、女子は「不安を感じる」という人が多いことが分かります。数学に限らず、女子は「私なんか」と尻込みするケースが多く、「男の子は70%の自信があれば『やる』と言い、女の子は120%の自信がないと『やる』と言わない」ともいわれます。どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。

 こんな場面を見たことがありませんか。子どもが転び、膝小僧を擦りむいて泣きそうになります。お母さんが「痛くない、泣かないの!」と言うと、子どもはしゃんと立って歩き出し、お母さんは「偉い!」と褒めます。この場合、すてきなお母さんと素直で我慢強い子どもだな、と思えますか。ちょっと待ってください。子どもはけがをして、明らかに痛いと感じているのに、それを大人が「痛くない」という言葉で打ち消してしまっています。このような否定が続くと、たとえ命にかかわる危険信号を受け取っていても、痛いのに痛くないと感じるようになり、「つらい」「怖い」も、「つらくない」「怖くない」に置き換わってしまうことがあるそうです。自分の体を平気で傷つけたり、つらくても学校に行くことができたりする背景には、こうした理由があるかもしれません。

 人間には知的な働きをつかさどる大脳と、生命を維持する機能をつかさどる小脳や脳幹があります。その間には主に本能をつかさどる大脳辺縁系という部分があり、その中の扁桃体と海馬が今の話と直接関係しています。扁桃体が瞬間的に「痛い」と感じると、それを一瞬のうちに海馬が記憶し、情報をやりとりして身を守っているのです。高い場所で怖いと思うと、腰が抜けてしゃがんでしまうことがあります。あれも本能のなせる業。しかし、「それは痛くない、ちゃんとしなさい!」という指令が大脳から絶えず出されると、痛いという記憶が上書きされて消されてしまいます。

 とてもショックなことに遭った後、記憶が飛んでしまったり、フラッシュバックが起こったりするPTSD(心的外傷後ストレス障害)をご存じでしょうか。PTSDの発現率は、女性の方が男性に比べて1・5倍多いそうです。フラッシュバックとは理性が本能を抑えようとして、本能が逆襲している状態のこと。つまり、本能からの危険信号が理性によって抑えられる傾向は、女子の方が強いのではないかと考えられています。本能に関わる扁桃体や海馬が異常を来すと、考えようとしても体が言うことを聞かず、創造的な働きもできなくなってしまうのです。

親の作った殻・枠を壊し
自分らしい自分を大切に

私たち大人は自分の都合で、子どもを良い子、悪い子という枠に当てはめて考えることがあります。泣かない子や言うことを聞く子、しっかり勉強して満点を取る子は良い子。泣いて言うことを聞かない子や0点ばかり取る子は悪い子。そんなレッテルを貼って分類してしまいがちです。大人の期待に応えられない、いわゆる悪い子の自己肯定感はどうしても低くなります。一方、良い子とされる子も、もっと期待に応えなくてはと頑張り、最終的に頑張り切れなくなって、時に鬱うつになったり、赤ちゃん返りをしたりすることがあります。ここで問題なのは、泣くか泣かないか、0点か満点かという結果を求めてしまうことです。下手をすると、大脳の働きを抑え、危険を回避する本能が働いて「満点を取らないと怒られる」と、カンニングや答案改ざんを行ってしまうこともあります。

 子どもから大人へと成長する中高6年間は、子どもでも大人でもないことに葛藤する思春期に当たり、最近ではこの時期に脳の働きや構造まで変わるといわれています。この思春期は、本来は反抗期です。親が作ってくれた殻を脱ぎ捨て、自立して成長していくわけですが、その過程で思い通りにならないと、時に暴言を吐いたり暴力を振るったりします。

 しかし、一般的には高校入試があるので、中学3年間はとにかく勉強して、学校推薦を取るためにちゃんとしていなければならず、反抗期が起こらないことも増えました。もしそうなると、親が作った枠組みを壊せず、大人になっても親に依存したままになってしまいます。

 そこで、親とぶつかったら自分の枠を少しずつ広げていきましょう。自分を客観的に見つめられる「メタ認知」と、過去の自分を振り返り、将来の自分をイメージする「時間的展望」こそ、皆さんに中学で身に付けてほしい大事な力です。進路を考える際も、家族の期待に応えようとして本来の自分を抑え込まず、自分らしい自分を大切にしてください。

「10歳の壁」で顕著になる
男女の精神の発達の違いとは

小学校の教室では、女子より男子の方が教師の問い掛けへの応答や自発的発言が多く、男子が主役になっています。この傾向は共学の中学校でも見られるようです。私は、思春期の精神の発達段階は、明らかに男女で違うと考えています。「10歳の壁」という言葉がありますが、10歳を過ぎると子どもたちの抽象化能力が発達し始めます。同じ抽象化能力でも、男子は数理的抽象化能力、女子は言語的抽象化能力が先に発達します。

 例えば、小学校の全校集会で「静かにしなさい」と先生が注意すると、女子は「私のことだ」と思ってみんな静かになりますが、男子は一人一人名前を呼んで注意しないと、自分のことだと気付きません。また、男子は縦の関係で仲間をつくることが多く、コミュニケーションを軸に横の関係を求める女子に対しても、同じ感覚で接することがあります。親や先生、さらに男子の期待にも応えようと振る舞ってしまうと、女子は自分を見失いかねません。自信をなくし、期待に応えられない自分を批判的に見てしまうことさえあります。自分を飾らず、少なくとも学校では自分らしい自分のままに振る舞いましょう。

 小5の算数では比や割合など抽象的な数そのものが出てきますが、数理的抽象化能力がまだ伸びていない女子は男子の考えについていけないことがあります。その段階で「算数が不得意」とレッテルを貼ってしまうと、脳は「周囲が期待しない『不得意なこと』をやっては駄目だ」と、算数を勉強しても積極的に働いてくれなくなります。しかし、年齢を重ねれば、女子も数理的な抽象化能力が伸びていきます。自分にも理科や数学の力が必ずあると信じましょう。時には難しい問題にもチャレンジし、やればできると自分を褒め、自信をつけていってください。

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 数学的リテラシーの男女差のデータを世界的に見てみると、確かに男子が高い国も多いですが、女子が高い国もたくさんあります。数学は先天的に男子の方が得意というわけではなく、ジェンダーの問題に関わる文化的な要因に左右されるのではないでしょうか。日本の場合、大人たちの頭の中に「女の子は文系」という圧倒的な思い込みがあることが原因ではないかと、私は思っています。

 最近の脳科学の実験によって、英語についても男女で差異があることが明らかになってきました。英文の正誤を判断するとき、脳の働き方にも、働いている部位にも違いがあります。思春期の男子は文法にのっとって、正誤を短時間で判断するのに対し、女子は文章全体を読み、文脈全体を見通して正誤を判断する傾向があるのです。また、自分が読んだ文章について、男子はすぐに忘れる一方、女子は長いこと覚えていて、それらの中から適否や正誤を判断しているというテスト結果も出ています。クイズの早押しは男子が速かったり、女性が物事の経緯を丁寧に話していると、男性が「結論は?」と先を促したりするのも、脳の活動の男女差に関係があるのかもしれません。

女子の特性に応じた接し方で
成長を促し、可能性を伸ばす

こうした脳科学の研究に基づき、学校教育においても、発達段階と性差を考慮した効果的な教え方を開発しなければならないという提言も出てきています。

 そこで、保護者の皆さまへのお願いです。女子にはじっくり考え、全体を見て判断する時間が必要です。男性の思考法や、これまでの社会の考え方、価値観によって、女の子に対して決めつけるような言い方はしないでください。過去の出来事を持ち出して、「あなたはいつもこうなんだから!」と感情的に怒ることもやめましょう。叱るときは理性的に表情や声をコントロールし、「私はこう思う」というI(アイ)メッセージで子どもに接するようにしていただきたいのです。子どもがやっていることをきちんと認めた上で、将来的な課題や行動を明確にできるよう叱り方も工夫してください。

 そしてもう一つ大事なことは、友だちや兄弟姉妹、保護者の皆さんご自身と比較しないことです。満点という結果を褒めるのではなく、何点であっても、そこまでやった努力を認めましょう。子どもの感覚や感情に共感することを心掛け、主体的に成長していけるよう後押ししてください。

 最後に中学生の皆さんに、次の言葉を贈ります。

「The sky is the limit」〈活動や行動を制限することは何もない〉

 空には天井がなく、永遠に続くイメージがありますよね。皆さんの可能性も同様に無限大なのです。

 これは2016年11月、ヒラリー・クリントンさんがアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ元大統領に敗北した時の言葉でもあります。「女性として、少女の皆さんに伝えたいこと」を述べた、この時の宣言を、私からのメッセージとしてぜひ受け取ってください。

 「私たちはまだ、あの最も高く硬いガラスの天井を打ち破っていません。しかし、いつか誰かが打ち破ってくれます。それが、今私たちが考えるよりもっと早いことを願っています。そして、これを見ている全ての少女たちに。あなたには価値があり、力があります。夢を追求して達成するためのあらゆる可能性と機会が自分にふさわしいことを、決して疑わないでください」

 アメリカでも、女性が頑張ろうとすると、まだ見えないガラスの天井に跳ね返されてしまう。でも、あなたには必ずチャンスがある。そういう言葉です。皆さんもガラスの天井を突き破って、世界で活躍する女性に、人間になってください。応援しています。

■プロフィール

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吉野 明先生
前鷗友学園女子中学高等学校校長、大妻多摩中学高等学校アドバイザー

一橋大学社会学部を卒業し、鷗友学園の社会科の教師となる。以来、47年間、女子教育に邁進。鷗友学園における高校3年生時点での文系・理系選択者はほぼ半々という、女子校の中では極めて高い理系選択率を実現。女子の発達段階に合わせて考えられたプログラムなどにより、女子生徒の「自己肯定感」を高め、“女子が伸びる"学校として評価されている。

■書籍紹介

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『女の子の「自己肯定感」を高める育て方』(実務教育出版)

「自己肯定感」は、子どもの将来に大きな影響を与える子育ての重要なキーワードです。女の子の自己肯定感が10歳をピークに下がり続けるのはなぜでしょうか。そこには思春期の女子の特性が大きく関係しています。本書には自己肯定感を高められる思春期の娘との接し方など、すぐに実践できる、親のための具体的なアドバイスが満載。名門女子中高で40年以上生徒と向き合い、女子の能力を伸ばす教育に取り組んできた吉野先生が、未来をポジティブに生きる女の子の育て方を伝授します。

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