大学歴訪録 #6 神戸大学
多彩な10学部15研究科で
広く社会に貢献する学生を育む
神戸大学はおしゃれな港町・神戸市内の4地区にキャンパスを構え、来年に創立120周年を迎える国立総合大学です。2021年4月、新学長に就任した藤澤正人先生に、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がリモートインタビューでお話を伺いました。
学問上の原理を学び
それを実社会で役立てる
髙宮 このインタビューでは建学の精神から伺うことが多いのですが、藤澤先生は2021年4月の学長就任のごあいさつで、「学理と実際の調和」という貴学の理念に触れられましたね。
藤澤 「学理と実際の調和」とは、学問上の原理を大学で知識として学ぶだけでなく、その知識を社会で実際に役立てていくのが重要だということです。本学としては、単に学問のための知識を学生たちに伝えるのではなく、社会に貢献できる知識や技術を教育し、研究すべきだと考えています。
髙宮 同じごあいさつのなかで、他大学や産業界などとの「連携」についても言及されていました。
藤澤 本学は10学部15研究科を有する総合研究大学であり、学問領域は人文・人間科学系、社会科学系、自然科学系、生命・医学系と多岐にわたっています。また、それぞれの領域においても、真理を探究する基礎科学研究と、社会実装をある程度想定した応用科学研究が共生しています。
それぞれバランスの取れた状態で存立していますが、一つの学問領域にのみこだわっていては、地球規模で発生しつつある多種多様な問題を解決することはできません。だからこそ、本学では教育面でも積極的に産業界や自治体との連携を図ることを目指すのです。「今、社会や産業界でどんな人材が求められているのか」という問いを常に念頭に置き、さまざまな業界の方々に実務家教員として教育現場に参加してもらい、学生たちに実践的な教育を施してほしい。私は「異分野共創」と言っていますが、これからは教育においても共創と協働がますます必要になっていくのではないでしょうか。
地元企業とのコラボで
国産初の手術支援ロボ
髙宮 藤澤先生は神戸大学のOBです。母校の良さをアピールしていただけますか。
藤澤 本学の特徴の一つはキャンパスが神戸市内の4地区に分かれていることです。六甲山の麓にある六甲台地区、楠木正成を祭る湊川神社のそばの楠地区、須磨区に位置する名谷地区、東神戸の港に面した深江地区。キャンパスは豊かな自然に恵まれていて、世界有数の貿易港である神戸港や、メリケンパーク、神戸ポートタワー、神戸ハーバーランド、北野異人館街などの人気スポットにも程近く、神戸という街に憧れを抱いて入学してくる学生も多いですね。
髙宮 貴学の学生数を出身高校の所在地別に見ると、やはり近畿圏が多いのでしょうか。
藤澤 全体の3分の2が近畿圏ですね。その近畿圏のうちの3分の1ずつを占めるのが大阪府と兵庫県。地元志向が強いようです。
髙宮 先ほど「異分野共創」というお話がありましたが、地元企業ともいろいろと連携されているのでしょうか。
藤澤 はい。手前みそで恐縮ですが、私の医師としての専門分野である泌尿器科では、地元企業とのコラボで手術支援ロボットの実用化に成功しています。
髙宮 詳しくお聞かせください。
藤澤 前立腺がんは近年増加し、日本人男性の罹患率の第1位となっていますが、私が泌尿器科の医師になった1980年代後半には、手術はほとんど行われていませんでした。症例そのものが少なかったからで、手術するとしても開腹するのが一般的でした。
1990年代になると腹腔鏡手術が確立され、内視鏡手術が普及しました。その後に登場したのがロボット支援手術で、本学医学部が関西地方で初めて手術支援ロボットを導入したのが2010年でした。今や前立腺がん手術の8割以上は手術支援ロボットで行われていますが、ロボットは全て海外製で非常に高価。日本製はありませんでした。そこで、本学と地元企業メディカロイドとのコラボで開発されたのが、国産初の手術支援ロボット「hinotori」です。2020年の暮れには「hinotori」を使った世界初の前立腺がん手術に成功しました。今後は「honotori」で行える手術の領域を広げていきたいですね。
2020年12月14日、神戸大学医学部附属病院国際がん医療・研究センター(ICCRC)で、「hinotori」を使った1例目の手術、前立腺がん全摘手術が実施され、成功した。執刀医は藤澤正人医学研究科長(当時)。手術時間は4時間28分で、そのうち「hinotori」を操作した時間は3時間39分だった。
産学官の連携で
先進医療の拠点づくり
髙宮 自治体とも連携を深めているそうですね。
藤澤 また医学部の話で恐縮ですが、神戸市、神戸大学、地元企業の川崎重工業、メディカロイド、シスメックスの産学官連携による「神戸未来医療構想」というプロジェクトを10年計画で2020年に立ち上げました。これはICCRCを実証実験の拠点と位置づけ、未来の医療につながるさまざまな技術開発を進めていくというものです。
髙宮 未来の医療につながる技術開発とは、例えばどんなものでしょうか。
藤澤 一例として、8K画像処理技術と5G通信技術を活用した、遠隔手術支援システムの開発などが考えられます。こうしたシステムが実用化されれば、医療体制が必ずしも万全ではない地方でも、熟練の医師によるサポートが受けられるようになります。
また、私たちは教育機関でもあるので、AIを駆使した医学生・研修医向けの手術トレーニングシステムも考えています。
髙宮 AIは一般的に画像診断に使われると思いますが、AIによるトレーニングシステムとはどのようなものでしょうか。
藤澤 簡単にいえば、熟練者による手術支援ロボットの操作を逐一データベース化し、それをトレーニングのお手本に使うというものです。
世の中には手術支援ロボットを圧倒的な手技で使いこなす、いわゆる“神の手”を持つスーパードクターがいます。そうしたドクターが実際にロボットを操作すると、動きの一つ一つがログとして残るため、数値化することが可能。その数値は「的確かつ迅速で無駄のない手術」を表しているので、技術が未熟な研修医は自分の操作データをお手本に近づけるよう訓練すれば、効率的に手術に習熟することができるのではないかと考えています。
髙宮 確かに、即戦力となる医師をしっかり育成することも、地域への貢献につながりますね。
阪神・淡路大震災を経験
災害救急と防災に注力
髙宮 神戸は1995年に阪神・淡路大震災を経験した街です。その後、2011年に東日本大震災が発生し、近年は豪雨災害が頻発するなど、人々の防災意識も高まっています。貴学は防災に対して、どのように取り組んでいるのでしょうか。
藤澤 阪神・淡路大震災が発生した朝、私は本学の医学部附属病院に当直していて、激しい揺れを体験しました。その後、けがをした方々が大勢来院し、必死に対応したことを鮮明に覚えています。あの日に本学が傷病者治療の中心的な役割を果たしたことから、わが国初の災害医学の研究拠点となる、「外科系講座 災害・救急医学分野」が大学院医学研究科に開設されました。この講座では日々の救急医療にチームで携わると同時に、災害・救急医療について日々研究を重ね、救命救急医を育てるとともに、災害時には特別な訓練を受けた災害派遣医療チーム(DMAT)の派遣も行っています。
また、震災の翌年には学内に「都市安全研究センター」という専門の研究機関を設置。安全で快適な都市を構築するための施策を多方面から研究しています。具体的には、地震・津波・豪雨などの自然災害を研究する「リスク・アセスメント研究部門」、災害発生時の被害の最小化を研究する「リスク・マネジメント研究部門」といった4部門を擁しています。
「君に寄り添い、
君と共に未来を創る」
髙宮 今年、Y-SAPIX卒業生が夢をかなえ、貴学の医学部に進学しました。他大学医学部にはない貴学医学部の特色とは何でしょうか。
藤澤 医学には大きく分けて「基礎医学」と「臨床医学」という二つの領域があります。患者さんと接することなく、生化学、病理学、微生物学など医学をあくまで学問として研究するのが「基礎医学」で、内科・外科・小児科などの科に分かれ、患者さんを診察し治療するのが「臨床医学」です。どちらも医学の発展に欠かせない車の両輪ですが、本学には基礎医学を重視するという伝統があります。なぜなら、医学・医療の現場では、新型コロナウイルスのように未知の問題が必ず発生するからです。未知の問題に突き当たったとき、既存の知識や技術では対処できません。そんなときこそ、科学的に解決法を導き出すことができる、「リサーチマインド」と「科学者」という二つの視点を持った医師が必要になります。そこで本学では、他大学に先駆けて1961年から、基礎医学研究を体験する「基礎配属実習」を2年次の必修としました。そのせいかどうか、本学の基礎医学研究は海外からも高い評価を受けています。もちろん、私も医学生時代は基礎医学分野の実習を履修しました。
髙宮 なるほど。今年貴学の医学部に進学したY-SAPIX卒業生も、そんな一本筋の通った教育理念に心をひかれたのかもしれません。最後に、この記事を読んでいる受験生に向けてメッセージをお願いします。
藤澤 「君に寄り添い、君と共に未来を創る」。これが受験生の皆さんへの本学からのメッセージです。学生一人一人にきちんと寄り添い、多様性・国際性・卓越性・柔軟性を重視しながら、個々の能力を最大限伸ばすことが大学教育の使命です。本学では皆さんがご自身の成長を実感できるよう、全力でサポートします。昨年来オンライン授業の体制も整備されたので、来年度以降は4地区のキャンパスのどこにいても受けたい授業が受けられる、リアルとバーチャルで皆さんをお迎えします。
■プロフィール
神戸大学長 藤澤 正人さん
ふじさわ まさと●1984年神戸大学医学部卒業。1989年に神戸大学大学院医学研究科博士課程を修了し、総合病院神鋼病院の泌尿器科医師になる。1990年から2年間、アメリカ合衆国人口問題研究所研究員。1992年に帰国し、神戸大学医学部附属病院医員・助手に。2001年神戸大学医学部附属病院講師、2002年川崎医科大学教授、2005年神戸大学大学院医学系研究科教授を経て、2014年神戸大学医学部附属病院長、2018年神戸大学学長補佐、2019年神戸大学大学院医学研究科長・医学部長。2021年4月、神戸大学長に就任。日本泌尿器科学会専門医で、専門は腎移植・生殖内分泌、泌尿器科腫瘍。
■神戸大学の紹介
神戸大学の起源は1902(明治35)年に神戸高等商業学校が創立したことまでさかのぼります。東京高等商業学校(現・一橋大学)に次いで2校目の高等商業学校で、その起源からも学問の社会実装を重視する学風がうかがえます。一方、医学部の母体である神戸病院の開業は1869(明治2)年。以後、多彩な分野の学校を統合し、1949(昭和24)年に新制神戸大学が誕生しました。
今日では10学部15研究科を有し、約1万6000人の学生が学ぶ総合大学となっています。海洋政策科学部という珍しい学部や、全ての学生に留学を義務付けている国際人間科学部という学部もあります。大規模な13の国立大学のうち、入学定員の多さでは大阪大学、東京大学、京都大学、九州大学に次ぐ第5位。また、文部科学省が定めた「世界トップ大学と伍して卓越した教育研究を推進」する16の国立大学のうちの1校でもあります。
海外で発表される各種世界大学ランキングでも、日本国内ではベスト20位以内の常連です。
創立120周年を来年に控えており、その記念事業で公募し、選ばれたキャッチフレーズは「知・人・共創と協働」。やはり人が真ん中にある大学です。
■Y-SAPIXよりお知らせ