本人の過去と現在で成長を評価し 「垂直比較」で子どもを褒める ~柳沢幸雄先生講演会 中学3年間の過ごし方(男子編)~

6月27日(日)、中高一貫校に通う男子中学生とその保護者の方を対象に、柳沢幸雄先生によるオンライン講演会が開催されました。柳沢先生は、国際社会で自立して生きる力を身につけるために、中学時代をどのように過ごしたらよいか、親と子の両方の視点から熱く語りました。講演内容の一部をご紹介します。

子どもの自立こそが親にとっての子育てのゴール

男子中学生の皆さん。法律的には、皆さんは6年以内に成人します。10年以内に大学を卒業して社会人になる人も多いでしょう。随分先の話だな、と思うかもしれません。しかし、皆さんの2世代前のおじいさんやおばあさんの時代には、中学卒業後に社会人として働き始めた人がたくさんいました。15歳になったら自立して働く、そういう時代だったのです。かつての日本だけでなく、世界では現在も児童労働が行われている国もあります。つまり、皆さんは、状況によっては自分で働いて食べていかなければならない年代でもあるのです。

教育期間を6年刻みで考えると、0~6歳までの幼児期、小学校の初等教育期間、中学・高校の中等教育期間、大学・大学院の高等教育期間に分けることができます。皆さんが属している中等教育期間は、子どもから大人へと変わる成長期に当たり、この6年間には意識の上でも体格の面でも、大きな変化が起こってきます。

そのような時期の真っただ中にいる皆さんについて、まずは大人の視点から考えてみましょう。保護者は一生懸命に子育てをしていますが、そのゴールは何でしょうか。子どもがどのように育てば、親としての責任を果たせたと考えますか。親は子どもがかわいくて仕方ありません。『万葉集』にも、山上憶良の次のような歌があります。「銀も 金も玉も 何せむに 勝れる宝 子に及かめやも」。金銀財宝よりも素晴らしい宝、それは子どもだ、という意味です。それだけ親は子どもを慈しんで育てています。今まさに皆さんは、親として、また育てられている子どもとして、そうした時期にいるのではないでしょうか。

とはいえ、世の中にはうまくいかないこともあります。林真理子さんの『小説8050』には、80歳の親が50歳になった子どもの生活の面倒を見ている、いわゆるひきこもりが描かれています。内閣府の調査(2019年3月29日発表)では、自宅に半年以上閉じこもっている40~64歳の中高年は推計約61万3000人に上り、15〜64歳では推計110万人以上の人がひきこもり状態にあるという結果が出ています。これは12歳の人口と同じぐらいの人数です。社会にうまくなじむことができないと、親も子どもも、とても苦しい思いをするといえます。

子どもに対する親の願いにはいろいろなものがありますが、全ての親に共通する望みは、「自分が死んだ後も自立して生きていけること」だと思います。統計学的には親の方が先に死を迎えますが、子どもがちゃんと自立していれば、安心できるのではないでしょうか。その点、保護者の皆さんの親御さんは、子育てに大成功したといえますね。

中高6年間は自立への準備期間
男女別学の一貫校の意義

今度は子どもの視点から考えてみましょう。中学生ぐらいになると、自立への葛藤が始まります。その表れが反抗期です。体格はもうほとんど成人ですが、意識の上ではまだまだ子どもです。ところが、自立への本能のささやきがどこかから聞こえてきて、「親離れしたい」という欲求が起こります。動物は体格が大人になれば、親から離れて自力で餌を捕るようになりますが、人間社会は複雑です。中学生の段階では、生きていくために身につけなければならないことがたくさんあります。そこから生まれる不安と本能の板挟みのイライラが親への反抗という形で表れるのです。

このように、子どもには親離れの本能がありますが、一方で、親には子離れの本能がありません。多くの種類の動物は、子どもが自立して餌が捕れるようになる頃には、親の寿命が尽きるので、子離れの本能を用意しておく必要がないのです。しかし、人間の親は長生きです。子どもが親離れしてから60年、80年、あるいはそれ以上生きるかもしれません。そんな人間の特性に基づき、長い目で見たときに望ましい親子関係とはどういうものでしょうか。

人間の親子では、子どもが小さいときには親が面倒を見て、親が老いたら子どもが面倒を見ます。子育ても介護も大変ですが、親と子どもが大人として自立して生きている中間の時期は、お互いに非常に心地いい。親子関係で一番望ましいのは、そうした楽しい時間をできるだけ長くすることです。

中学生の皆さんは、これから大人として社会に巣立っていくまでの時間を使い、自立したときに必要になる力を鍛えていきましょう。恐らく皆さんは、まだ6年から10年の間、親の保護の下にいることができます。自立に必要な力を蓄えるのに十分な時間的余裕があるのです。

自立するためにどのような仕事でお金を稼ぐか。これが最も重要です。生きていくにはどのくらいのお金が必要でしょうか。毎日きちんと働くと、労働時間は一般的に年間2000時間弱になります。時給1000円の仕事をすると、収入は1年で約200万円です。そこから所得税や社会保険料などが引かれます。その残りのお金で自立できるか、さらには家族を養うことができるか。そう考えると、自分がどれだけのお金を稼がなければならないのかが、おぼろげながら分かってきます。皆さんのご両親はそうやって仕事をし、収入を得て、生活を支えています。

大人として稼いで家族を支える。その土台は中等教育の時代に出来上がります。その時期の教育機関として、私は男女別学の中高一貫校が望ましいと考えています。もちろん、男女は社会的に平等ですが、生物学的には違いがあります。子どもから大人へと変わる心と体の成長期には、自分の体の中で起きている変化をきちんと把握し、それにうまく対応する行動形態を学ばなければなりません。そのようなときに貴重になるのが、お手本にできる同性の友人や先輩です。教育の担い手がほとんど親であった幼児教育期と中等教育期では違いがあります。中等教育の時期には親の影響力が極端に減り、代わりに先生や先輩、後輩、同期などからの影響が大きくなります。社会人になれば先生はいませんから、友人から学ぶ生き方を中等教育の段階で身につけることが必要です。

子どもの「好き」に着目し「チョイ足し」で伸ばす

子どもが自立するために必要な「生きる力」とはどのようなものでしょうか。それは「生活力」と「経済力」だと考えています。生活力とは日常の炊事、洗濯、掃除などをきちんと短時間にこなすことができる技で、経済力とは収入を得る技です。男性が経済活動に従事して家計を支え、女性は家庭で家事・育児に従事して日常生活を支えていた時代には、生活力と経済力のどちらか片方だけを持っていればよかったかもしれません。しかし、そんな性別分業の時代とは違い、今は男女共同参画の時代、性別で分けることなく、人として自己実現をする時代です。

ここで、すでに「生きる力」を獲得している保護者の皆さんにお尋ねします。どんなことを「生きる力」にしていますか。嫌いなこと、苦手なことですか。それとも好きなこと、得意なことですか。会場でお聞きすると、明らかに好きなこと、得意なことの方に手が挙がります。生活力や経済力は好きなこと、得意なことから生まれているわけです。

先ほども触れたように、保護者の皆さんは子育ての成功事例です。ですから、子育てをするときには、自分が育てられたようにお子さんを育てればいい。自分が子どもの頃に経験したこと、親から言われたことを思い出して、それをなぞっていけばいいのです。ただ、人間というのは常に進歩を求める生き物です。より良いものを望むのが人間の本能ですから、皆さんの成功事例に、何か良い手を上乗せするような方法を考えてみましょう。

まず、子育ての基本には「好きこそ物の上手なれ」を置くことが大事です。好きなことには時間を忘れて没頭できる。そうすると練習量や努力量は自然と多くなり、苦労することなく上達します。それが仕事であれば、高い評価を受けて収入も増えます。子どもと親は別人格なので、親が好きでも、子どもが好きとは限りません。細かく観察して子どもの好きなものを見つけてあげましょう。見つける方法は簡単です。好奇心や興味を示す物事、それが子どもの好きなことです。

次に、子どもの好奇心を否定しないこと。昆虫が大好きで、アリの巣の入り口に1時間も座り込んでいる子どももいます。これが「好きこそ物の上手なれ」のスタートポイントです。そんな好奇心をまずはそのまま受け入れ、そこに「チョイ足し」をしてあげましょう。飼育箱を買ってきて土とアリを入れると、巣はどうやって出来上がるか、どこに餌を保存するか、などについて一生懸命学ぶようになるかもしれません。このような「チョイ足し」をすることで、より良いものが見つかるようになります。このとき、自分が嫌だと思うことをしても、効果は決して上がりません。親から勉強しなさいと言われて、喜んで勉強したことがありますか。親の言うことだからと、気持ちよく集中して勉強できたでしょうか。私が知る限り、そういう人はいません。言われるたびにうんざりして、勉強が嫌になります。こうした無駄なことを自分の子どもにするのはやめましょう。

「チョイ足し」には親の能力が問われます。私はよく盲目のピアニスト、辻井伸行さんの話をします。辻井さんは生まれつき目が不自由でしたが、彼が8カ月くらいのとき、モーツァルトの曲を聞くとリズムに合わせて体を動かすのをお母さんが発見しました。きっとこれが好きなことだろうと思い、子ども用のピアノを買って与えたら、ちゃんと曲を弾いたそうです。そうして時が過ぎ、世界的なピアニストが誕生しました。親がどれだけきめ細かく観察し、上手に「チョイ足し」するかが大切なのです。

自己肯定感が低い日本の若者
「貶し言葉」ではなく「褒め言葉」を

中学生の皆さんが自立して生きていく10年後はもちろん、それ以降の世界は国際化がもっと進んでいるはずです。それが常識になり、「国際化」という言葉すらもなくなるでしょう。しかし、平成26年版の『子ども・若者白書』(内閣府)を見ると、日本の若者は世界7カ国の中で「自己肯定感」と「自信」が最も低いことが分かります。それに対して、その両方が最も高いのはアメリカで、93・1%もの若者が「自分には長所がある」と感じています。10年後、20年後に、日本の若者たちは、自己肯定感にあふれ、強い自信を持った世界の若者たちと協力し、競争しながら生きていかざるを得ないのです。

「自分は受け入れられている」「自分には居場所がある」という思いが、自らの価値や存在意義を肯定できる自己肯定感につながります。そして、自信とは「やれば、チャレンジすれば、できるはず」と信じる心です。この自己肯定感や自信を育むことこそ、今、真の意味で求められている国際化教育なのです。

では、アメリカの若者はなぜこれほど高い自己肯定感や自信を持っているのでしょうか。それをひもとけば、今後の日本の教育に生かすことができると思います。私は合計18年にわたってハーバード大学で教鞭を執り、さまざまな立場からアメリカの教育に関わりました。アメリカで幼稚園から大学院までの教育に共通しているのは、「褒めること」です。英語には数多くの「褒め言葉」がありますが、それは褒める機会が多いからです。状況に応じて褒め言葉を使い分けるため、言葉が豊かに成長したのです。それに対して、使う機会があまりない「貶し言葉」はとても少ないのです。褒められて育つと、自然に自信と自己肯定感が芽生えていきます。

ところが、日本には貶し言葉がたくさんあります。保護者の皆さんも、恐らく叱られて育ってきたのではないでしょうか。「苦手なのだからもっと勉強しなさい」「なるべくみんなと同じようにして、目立たないようにしなさい」などと言われてきませんでしたか。結果として、日本人は自信がなく、自分を信じることができないので、周りの人も信頼できません。基本的に日本人は日本人を尊敬していませんから、日本発の世界的な基盤となった技術もないのです。メールと電話を一つにするという世界初のアイデアを実現した「iモード」は、日本人の偉大な発明でしたが、世界規格として普及させることはできませんでした。自信のなさや自己肯定感の低さは国富にも関わってくるのです。

本人の過去と現在で成長を評価
「垂直比較」で子どもを褒める

自己肯定感や自信を育むためには、「垂直比較で褒めること」が大切です。子どもの身長が上に伸びていくように、以前と今の状態を比較します。進歩した点、改良が加えられた点が必ずあるので、そこを具体的に褒めるのです。垂直比較をすると、子どもはたくさんのことができるようになったと理解します。幼いときは親が褒め、中学生になったら自分で自分自身を褒める。それを繰り返しながら、好きなこと、得意なことを誰にも負けないレベルにまで極めましょう。

自分の「好き」を職業にして立派に生きている人たちもいますが、職業の種類は多種多様です。例えば、サッカーが大好きでも、レギュラーになれないことは珍しくありません。そのときは考え方を柔軟にして、サッカーに関連する職業を探してみましょう。サッカーチームを経営してもいいし、審判やコーチの道もあります。スポーツドクターや契約などをサポートする弁護士になってもいい。自分の好きなサッカーの周りで生きていくことも、本当に楽しいと思います。このように、得意なことそのものでなくても、それに関連する職業で生きていけるようにするのもいい選択ではないでしょうか。重要なのは自分が得意なこと、そこから自分の人生をスタートすることです。

今日の話をまとめてみましょう。新約聖書の言葉です。

〝Ask, and it will be given to you.〟
「求めよ、さらば与えられん」
(新約聖書 ルカの福音書 11章9節)

親がいなくなり、自立して生きていかなければならない時期は必ず訪れます。それまでに「生きる力」をどれだけ準備できるでしょうか。必要となるものは人によって違うので、知識や技能を教えてくれるところは自分で探すしかありません。どうすればよいか分からなければ、親、先生、先輩、同級生など、いろいろな人に聞いてみる。時間には限りがあります。成果が上がる方法を工夫して、短い時間で「生きる力」を身につけていきましょう。

■プロフィール

柳沢 幸雄先生
北鎌倉女子学園学園長、前開成中学校・高等学校校長、東京大学名誉教授

東京大学工学部化学工学科を卒業し、システムエンジニアとして日本ユニバック(現・日本ユニシス)に入社。74年退社後、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程を修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。自身も2人の男子を育て、小学生から大学院生まで教えた経験を持つ。

■書籍紹介

『男の子の「自己肯定感」を高める育て方』(実務教育出版)

あらゆる面において能力が高く、世界レベルで秀でている日本の高校生。しかし、大学に進学すると学びのモチベーションを失い、海外の若者たちに抜かれていきます。そこには、日本の学生の「自己肯定感」の低さが大きく関係していると考えられます。「自己肯定感」は育った環境によって培われるもの。本書では日本の文化的背景から「自己肯定感」を分析。開成学園・ハーバード大・東大で教育に携わってきた柳沢先生の豊かな経験や各種データを基に、思春期男子の「自己肯定感」を高める育て方を解説しています。

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