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大学歴訪録#22 東京大学

「対話が創造する未来」を信じて
「多様性の海へ」こぎ出そう

1877(明治10)年に日本初の大学として創設された東京大学は、誰もが知っている日本の難関大学です。これからの東京大学はどんな方向を目指し、この社会でどのような役割を担っていこうとしているのか。2021年に総長に就任した藤井輝夫先生に、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がお話を伺いました。


「対話」を通じた新たな知の創造へ

髙宮 藤井先生は2021年4月に第31代東京大学総長に就任され、その年の9月、貴学の基本方針「UTokyo Compass『多様性の海へ:対話が創造する未来』」を公表されましたね。

東京大学 総長 藤井輝夫先生

藤井 「UTokyo Compass」は、本学が社会において果たすべき役割と方向性を見定めるための羅針盤として公表しました。私は海中工学が専門でもあるので、あえて「多様性の海へ」というサブタイトルを付けました。
 今、私たちを取り巻く社会には、気候変動、格差と分断、パンデミックや地域紛争など、答えを出しにくい問題が地球規模で山積しています。そうした時代に東京大学は問題解決に向けてどのように行動するべきでしょうか。
 私は「UTokyo Compass」の中で、「対話から創造へ」「多様性と包摂性」「世界の誰もが来たくなる大学」という三つの基本理念を設定しました。
 そのうち、まず重要と考えたのが「対話」です。私たちが大事にしたい「対話」とは、未知なるものと向かい合い、知ろうとする実践です。未知なるものを知るために問いを立て、対話を通じて問いを共有していく中で、深い共感的理解に基づく信頼関係が構築されていきます。学生、教職員、研究者の多角的な対話に、ある時は産業界や自治体の人々なども巻き込んで課題を共有し、解決策を求めて対話を重ねていく。
 そもそも大学は「知」を生み出す場所です。これまでに蓄積してきた知を活用し、課題解決のための手がかりや道しるべを見いだしていかなければなりません。その知を学外の皆さまとも共有し、一緒に新たな学知を創出していくことも大切です。

髙宮 一昨年来、生成AIの活用を教育現場で認めるかどうかが話題になっています。生成AIはテキストベースでネット上に公開されている情報にしかアクセスできませんが、人と人とが対話する場合、「こういうアイデアがある」というように、漠然としたイメージの段階でも情報交換ができます。
 生成AIがどんなに賢くても、人の頭の中にあるアイデアにアクセスすることはできませんから、「対話」は人間にのみ許された問題解決の方法ともいえますね。

藤井 おっしゃるとおりです。論文になった知見にアクセスすることも重要ですが、それ以前の発想の段階で、「こんなことを考えているが、どう思う?」と誰かと話し合うことも大切です。その結果、「面白い! ●●との関係も考えられるね」とヒントをもらったり、「その問題なら▲▲大学の■■先生が詳しいから、ディスカッションしてみたら?」とアドバイスを受けたりすることもできます。そうした対話から新たな知が生まれる可能性は高いですね。

髙宮 昨年話題になったChatGPTについては、どのように認識されていますか。

取材時の様子
聞き手 SAPIX YOZEMI GROUP 共同代表 髙宮 敏郎

藤井 ChatGPTなどのベースとなる大規模言語モデルには、システムとしてある種の限界があることが分かってきました。使用される情報のガバナンスについても議論が必要ですし、生成AIが必ずしも正解だけを導き出すものではないことも広く認知されたと思います。それら全てを理解した上で、あくまでも一つのツールとして活用する分には、私は問題ないと考えます。むしろ生成AIによって、これまでアクセスできなかった領域の情報にも触れられるとすれば、若い人にこそ使いこなせるようになってほしいと期待しています。

リベラルアーツが STEAM教育の基本に

髙宮 昨年、副学長の藤垣裕子先生と対談させていただいたとき、東京大学教養学部の70年に及ぶリベラルアーツ教育の歴史を伺いました。藤井先生も初等中等教育におけるSTEAM教育の推進に長らく尽力されていますね。

藤井 「社会で育てるSTEAM教育のプラットホーム構築」という産業競争力懇談会の2020年度のプロジェクトでリーダーを務めていました。その出口として設立されたのが「学びのイノベーション・プラットフォーム」という一般社団法人です。
 STEAM教育に先立ち、いわゆる理数教育であるSTEM教育が注目を集めていました。しかし、そちらにばかり偏ってしまうと、データの背後にある、例えば人々の生活や歴史的背景のような個別の事情を見落としてしまう危険性があります。そこで、A=Artsの視点を加えたのがSTEAM教育です。ここでいうArtsは「芸術」というより「リベラルアーツ」と捉えるべきでしょう。
 理数系の専門教育はもちろん重要ですが、今日地球規模で発生している多様な問題を一つの学問領域だけで解決するのは難しい。そこで、それぞれの専門性を相対化しつつ、社会全体を分野横断的に見る視点が必要になります。その視点を養う基本となるのがリベラルアーツだと思います。

STEAMとはScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Arts(リベラルアーツ・芸術)、Mathematics(数学)の頭文字を組み合わせた造語。科学、技術、工学、数学の理数教育に、「リベラルアーツ・芸術」という創造的教育を加えた教育理念を指す。自ら体験することの中から多様な課題を見つけ、それらについてクリエーティブな発想で問題を解決する力を身に付ける教育のこと。課題を自ら見つける力、物事をさまざまな面から捉えて解決する力、新しい価値を創造する力が身に付くとされ、これからの時代に必要な教育として世界的に注目されている。

髙宮 Artsを日本語に訳すと、どうしても「美術・芸術」というイメージで捉えられがちですが、英語のartは「人文学」や「人の手によるもの」など、もっとずっと広い概念を含んでいますね。

藤井 日本の教育で行われている“重みづけ”についても私見があります。日本では算数(数学)・国語・理科・社会のいわゆる主要科目が重視されますが、本来、子どもが持っている興味や能力の方向性はもっと多様で広範囲なはずです。だから主要科目と同様、美術や音楽やスポーツも、もっと重視されるべきですね。

「多様性と包摂性」 「世界の誰もが来たくなる大学」

髙宮 「UTokyo Compass」の三つの基本理念に戻ると、「対話から創造へ」の後に、「多様性と包摂性」「世界の誰もが来たくなる大学」と続きます。

藤井 これらも「対話」に基づく理念です。対話する上で重要なのは、「いろいろな人の声を聞く」こと。学問を究める上では、多様な背景を持つ人がそれぞれ異なる意見を出し合うことで、知見をより高めていくことができます。地球規模の課題に取り組む際にも、立場の異なる人同士の意見が交差する中から、より共感性の高い解決策を生み出すことができます。
 本学も異なる背景を持つ多様な人が学び、研究し、働いています。構成員の誰もが、差別されないという安心感をもって活動できるインクルーシブキャンパスの実現を目指すべく、「多様性と包摂性」を掲げています。

髙宮 三つ目の「世界の誰もが来たくなる大学」というフレーズも印象的です。

藤井 社会の中の大学として、より多くの方々と対話し、新しい学知を、そして社会を作っていくために、「東京大学で一緒に学びたい、研究したい」と、日本国内に限らず世界中の人たちに思ってもらえるような大学にしよう!という目標を掲げました。どうすればその目標が達成できるのか、大学の構成員全員で考えていきたいですね。

留学生と女子学生の比率を高めることも

髙宮 貴学のデータを拝見すると、大学院まで含めれば、海外からの留学生はここ10年で1・7倍に増えています。

藤井 学部への留学生をもっと増やすために、学生の国際化をサポートするグローバル教育センターを2023年4月に設立しました。このセンターでは、現代社会が直面する課題やSDGsに関するトピックについて英語で学ぶ「グローバル教養科目」の授業を30ほど開講しています。今後この数を2倍以上に増やす計画です。英語で行われる授業を増やして、学部への留学生をもっと増やしたい、と考えています。

髙宮 留学生も想定した英語で行う授業という点では、先頃「College of Design(仮称)」という課程の開設を目指すと発表されました。

藤井 学士課程4年+修士課程1年を一貫させた5年制の課程を想定しています。社会システムの変革を含む広い意味での「デザイン」を核に、次世代のリーダー、未来を創り出す人材を育成するため、分野融合型の教育を実践していきます。2027年秋の開設を目指しています。

髙宮 多様性という観点では女子学生の比率も増やしたいところではないでしょうか。

藤井 2023年4月の入学者のうち、女子学生比率は22・6%でした。少しずつ増えてはいますが、この比率を向上させることは本学にとって長年の課題です。学内に女子学生を受け入れる環境がきちんと整備されているのか、設備などハード面だけでなく、ソフトの部分も含めて検討する必要があります。教職員や執行部の意識改革に向けた研修も実施しています。一昨年には300人の女性教員を6年間で新規採用することも発表しました。あとは女子中高生にどうリーチアウトしていくか、ですね。

2022年11月、東京大学は女性リーダー育成のための新たな施策を発表し、2027年度までに女性の教授・准教授を合計約300人新規採用する計画を明らかにした。東京大学は文部科学省の「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(女性リーダー育成型)」の取り組み機関に選定されている。

髙宮 近年は女子学生を増やすために、入試で女子枠を設ける大学も出てきて、一部で「不公平だ」との声も上がっています。平等性と公平性についてはどのようにお考えですか。

藤井 公平性は「必要な人に必要なものを」という考え方で、平等性は「全ての人に同じものを」という考え方です。日本ではとかく平等性が重視されがちですが、私は公平性が重要だと考えます。大学で学ぶ機会は学びたい人にきちんと与えられるべきで、それを実現するために選抜方法を工夫することはあっていいと思っています。

世界のトップレベルにアクセスできる大学

髙宮 最後に、読者の中高生に向けて、「東大に入ったらこんなことができるよ」というメッセージをいただけますか。

藤井 もし誰かに「東大とはどのような場所ですか」と問われたら、こう答えます。「あなたがどのような学問分野を志したとしても、その分野で世界のトップレベルまでアクセスできる場所です」と。私自身、「学内にはこんなに素晴らしい先生がいたのか」と日々驚かされています。もし、あなたに今学びたい分野や興味のある事柄があるなら、東京大学という環境を存分に活用して、やりたいことを突き詰めてほしいと思います。もし、現時点で究めたい学問領域が何も決まっていなかったとしても、教養学部で2年間学ぶうちに、興味・関心をもって、また将来にわたって取り組める分野が必ず見つかるはずです。
 現代はウクライナ情勢にせよ、パレスチナ情勢にせよ、世界の情報に自分の手元からアクセスでき、自ら世界と直接つながろうと思えば、簡単につながれる時代です。若い皆さんには世界的な視野と感覚を持って、自分たちの時代を作っていってほしいと考えています。


■プロフィール
総長 藤井 輝夫ふじい てるおさん
1993年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了・博士(工学)。同生産技術研究所や理化学研究所での勤務を経て、2007年東京大学生産技術研究所教授、2015年同所長。2018年東京大学大学執行役・副学長、2019年同理事・副学長(財務、社会連携・産学官協創担当)を務め、2021年より同総長に就任(現在に至る)。その他、2005年から2007年まで文部科学省参与、2007年から2014年まで日仏国際共同研究ラボ(LIMMS)の共同ディレクター、2017年から2019年までCBMS(Chemical and Biological Microsystems Society)会長、2021年から2024年まで総合科学技術・イノベーション会議議員(非常勤)。専門分野は応用マイクロ流体システム、海中工学。

■東京大学 オフィシャルサイト

この記事は2024年6月25日刊行『Y-SAPIX JOURNAL』7・8月号に掲載された記事のWeb版です。

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