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大学歴訪録#23 東北大学

若手人材を積極的に登用し
「国際卓越研究大学」認定へ

世界トップレベルの研究大学を目指すため、国の財政支援を受けることができる「国際卓越研究大学制度」。その第1回の認定候補に唯一選ばれた東北大学は、数々の新たな取り組みを始めています。この4月に総長に就任した冨永悌二先生に、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がお話を伺いました。


仙台には大学生活にふさわしい環境が

髙宮 「杜の都」とうたわれる仙台の大学だけに、貴学は緑豊かなキャンパスが魅力ですね。

東北大学 総長 冨永悌二先生

冨永 ありがとうございます。私はこの立地も本学の大きな魅力の一つだと考えています。100万都市・仙台はいわゆる「田舎」ではなく、東京のような大都会でもありません。本学の約330万㎡ものキャンパスは、仙台駅に程近い市街地から広瀬川を挟んで青葉山まで広がり、街と一体化しています。気候も温暖です。

また、本学は伝統的に全国から学生が集まるため、一人暮らしが多く、学生同士の交流が盛んで、クラブ活動にも熱心。本学OBである私自身の体験からいっても、ここには大学生にとってある種の理想的な環境が整っていると感じています。

東北大学は、旧帝国大学7校のうちでは入学者の地域が偏らず、全国から集まることで知られている。例えば、大学ごとに入学者が最も多い出身地域を見ると、北海道大学は北海道30.8%、東京大学は関東57.6%、名古屋大学は中部・北陸81.6%、京都大学は近畿50.6%、大阪大学も近畿52.3%、九州大学は九州62.9%と、いずれも周辺地域出身者がトップを占める。これに対し、東北大学のトップは関東で39.4%、2位は東北で32.4%と、他地域出身者が地元出身者を上回っている。
※ 数字はいずれも『東北大学 大学案内2025年度入学者用』より。

国際卓越研究大学へ 新たな国立大学として

髙宮 東北大学といえば、国が新たに創設した国際卓越研究大学制度で、唯一の認定候補となったことで話題になりました。その意義をどのようにお考えですか。

冨永 本学が国際卓越研究大学に認定されれば、従来にない新しいタイプの国立大学が日本に誕生することになると考えています。

かつて国立大学は毎年決められた国家予算に応じて運営してきたため、自ら年度をまたいでお金をプールしそれを運用する、という制度がありませんでした。また2004年、国立大学は国の政策で法人化され、それ以前に比べて運営費交付金が減額されることになりました。その結果、多くの国立大学で経営が厳しくなって、従来のような研究活動が続けられなくなり、大学の研究力、国際競争力が低下し始めました。

しかし、本学が国際卓越研究大学に認定されれば、毎年国から多大な助成が得られます。また、今回の応募に際し経営体制を強化したため、今後は本学独自の基金や産学連携に伴う企業からの収入も期待できるので、これらの自己資金を運用して研究・教育活動に活用できます。これは旧来の国立大学になかったシステムでもあります。

 国際卓越研究大学は、国が設立した10兆円規模の基金「大学ファンド」の運用益を活用し、世界トップレベルの研究水準を目指す大学に対し重点的に支援を行うという、2022年に文部科学省がスタートさせた制度。公募制で、支援を受けたい大学はその時点での研究業績に加え、研究体制強化の目標、国際的に卓越した研究環境の整備、優秀な若年研究者の育成と確保、必要な資金の額と調達方法などに関する最長25年間の長期事業計画を国に提出。アドバイザリーボード(有識者会議)による審査を経て認定大学を決定する。
第1回の2023年は大阪、九州、京都、筑波、東京、東京科学(申請当時は仮称)、東北、名古屋、東京理科、早稲田の10大学が申請し、2023年9月、東北大学のみが認定候補に選定された。今後一定の要件を満たせば正式に認定され、文部科学省から年間約100億円が助成されることになる。

髙宮 他の大学が軒並み認定候補から外された中、貴学だけが認定候補になったのは、従来の「講座制」から離れ、「若手研究者の登用」に大きくかじを切ったからだと伺っています。

冨永 おっしゃるとおりです。この制度の目的は、日本の大学の国際的な研究力を高め、産業界と共に新たなイノベーションを生み出し、「知を価値化」していくことです。特に国際的な研究力を高めていくには、若手に活躍してもらう必要があります。実際、欧米の大学では30代の研究者が自分のラボを持って研究に注力し、世界トップレベルの実績を上げているケースもある。例えば、ノーベル賞を受賞するような研究者は30代の頃から優れた研究を行っています。

それに対し、日本の多くの大学では「講座制」の名の下、教授を頂点に准教授、助教と続くピラミッド型のヒエラルキーが存在。若手研究者が早くから独自の研究に専念する環境を得るのは難しいのが実情でした。そこで、本学では「講座制」の枠を取り外し、研究ユニットの主宰者として活躍してもらうために、優秀な若手研究者にはそれにふさわしい処遇を用意して、世界中から公募しようと考えています。

髙宮 研究者や学生同士が英語でコミュニケーションできる環境も重要になってきますね。

冨永 本学では全て英語で授業が受けられる「ゲートウェイカレッジ」を2027年度に設置する予定です。これは、25年後には留学生2000人、国内生6000人の計8000人規模の徹底した国際共修環境を目指すもの。ご期待ください。

取材時の様子
聞き手 SAPIX YOZEMI GROUP 共同代表 髙宮 敏郎

スタートアップを全学を挙げて支援

髙宮 「知の価値化」という点では大学発ベンチャー、すなわち、学内でビジネスを起業して研究成果を社会実装するという方向性も、当然視野に入っていますね。

冨永 もちろんです。最近の学生は起業に対する関心が極めて高いですね。以前、ミドリムシ事業のバイオベンチャーを起業した方の講演会を開催しましたが、学生諸君は目をキラキラさせていました。大学での研究をスタートアップにつなげることも、研究者にとっては魅力的なキャリアパスです。

髙宮 冨永先生ご自身も起業に関わられたとお聞きしています。

冨永 脳梗塞の新薬の開発です。日本の製薬会社に売り込んだのですが物にならず、結局海外の製薬会社と商品化しました。その企業は日本で上場し、事業として成功しています。ここ数年、本学関連のスタートアップは成功例が増えていて、6社が上場し、ユニコーン1社、M&A2社となっています。

とはいえ、数としてはまだまだ少ないので、起業家の裾野を広げるための環境整備を全学で行っています。例えば、アントレプレナーシップ教育をしっかり受けてもらうための「アントレ人材育成プログラム」を実施。起業を考えている教員・学生・卒業生を支援する「スタートアップ事業化センター」を設立し、コンサルティングなども提供しています。また、本学もベンチャーキャピタルを有しており、有望な企業を直接支援しています。仙台市もとても協力的で、一定の予算を割いてスタートアップを支援してくれることになっています。

イノベーションの鍵は多彩な人材と女性

髙宮 国際的な研究力を高めるには、多様で多彩な人材を活用していくという視点も欠かせません。

冨永 まさにそのとおりです。画一的な人材だけで新たなイノベーションを生み出していくことは難しい。若手研究者だけでなく、女性や外国人など、多彩な人材の活用が鍵を握ります。

本学の学風は昔からオープンマインドで、女子学生にも早くから学びの場を提供していました。本学が設立されたのは1907年ですが、その6年後の1913年には当時の文部省の反対を押し切って3人の女子学生を理学部に入学させています。これは非常に画期的。東京大学が初めて女子学生を受け入れた1946年より30年以上早いのです。また、当初から旧制高校の卒業者だけでなく、高等工業学校や高等師範学校の卒業者にも扉を開いていました。

髙宮 ここ十数年の間に、女子学生と女性教員の数も順調に増えていると伺いました。

冨永 本学が女性教員比率の向上に向けて本格的に動き出したのは、2001年に東北大学男女共同参画委員会を設置した時からです。この時点で、女性教員比率は数%もありませんでした。そこから女子トイレの増設や保育所の開設など、女性が働きやすい環境を整えていき、2017年には学内の若手女性研究者を顕彰する「紫千代萩賞むらさきせんだいはぎしょう」を創設。2021年には助教以上の採用者の最低3分の1は女性にするという「3分の1ルール」を取り決めました。2022年には「東北大学ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)推進宣言」を発出しました。こうした地道な努力の積み重ねで、女性教員比率は毎年1%ずつ増え、現在はおよそ19%になりました。女性研究者の活躍が呼び水となって、2024年度学部入学生における女子学生比率も30%を超えています。

紫千代萩賞とは、東北大学で優れた研究を展開する女性研究者の活躍をたたえる賞のこと。毎年、人文・社会科学分野、理学・工学分野、農学・生命科学分野、医歯薬学・保健分野から各1人を選出している。

 東北大学ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)推進宣言/東北大学は、世界が大きな変革期を迎える中、本学が誇る多様な知を総結集し、現在のみならず未来の人類の幸福を目指して新たな価値の創造へ向けて挑戦し続けるために、多様性、公正性、包摂性(Diversity,Equity&Inclusion:DEI)を推進します。

これから時間をかけてAO入試を100%に

髙宮 入学者の比率に関するお話が出ましたが、国際卓越研究大学に応募する過程で「将来的にAO入試を100%にする」との構想が打ち出され、大きな反響を呼びました。

 東北大学の「AO入試」とは、大学によれば「学力重視のAO入試」とのこと。一般選抜は学力のみで合否が決まるが、東北大学のAO入試は努力の結晶である「学力を発揮する場」であると同時に、受験生の東北大学で学びたいという「想いを伝える場」だとしている。

冨永 本学独自のAO入試比率は、2024年度に31・6%に達しました。追跡調査でも、AO入試で入学した学生の方が一般選抜で入学した学生よりその後の成績が良いというデータが得られています。やはり「東北大で学びたい!」という強い意欲を持って入学した学生の方が、大学生活を意欲的に送れるのでしょう。とはいえ、いきなり100%にすると影響が大きすぎるので、アドミッション機構という新組織を立ち上げ、全面移行に向けて段階的に進めていきます。生徒を送り出す高校の先生方とも時間をかけて議論する必要が
あると考えています。

髙宮 最後に、読者の中高生に向けてメッセージをいただけますか。

冨永 国際卓越研究大学への道を歩む本学は、国際的に活躍できる人材の育成に本気で取り組んでいます。本学に入学すれば世界レベルの学びを受けることができ、その先に世界が直結しているのです。また、本学はスタートアップなど多彩なキャリアパスを用意し、若い人が活躍できるよう全力で支援しています。本学で学びたいという人は、AO入試と一般選抜の2度のチャンスがあるのでぜひ挑戦してください。扉を大きく開けて、あなたを待っています。

■プロフィール
総長 冨永悌二とみながていじさん
1982年東北大学医学部卒業。東北大学医学部附属病院医員。1987年米国フィラデルフィア生体膜研究所留学。1989年東北大学医学部附属病院助手。1993年米国バロー神経学研究所留学。1997年東北大学医学部講師。2002年東北大学医学部臨床助教授。2003年東北大学大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学講座神経外科学分野教授。2015年東北大学病院副病院長。2019年東北大学副学長・病院長。2022年東北大学病院産学連携室教授。2023年東北大学理事・副学長。2024年4月、第23代東北大学総長に就任。研究分野は脳血管性障害の外科治療、脳神経外科学一般。日本脳神経外科学会理事長、日本脳卒中の外科学会理事長などを歴任。2023年日本脳神経外科学会佐野圭司賞受賞。

■東北大学 オフィシャルサイト

■東北大学総合情報「まなびの杜」

■東北大学特設サイト「日本初・女子大生誕生の地」

この記事は2024年8月23日刊行『Y-SAPIX JOURNAL』9・10月号に掲載された記事のWeb版です。


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