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2021年度大学入試科目別出題分析④理科

2021年度個別試験における、主要大学の出題傾向と回答のポイント、対策を科目ごとにご紹介します。

第4回は理科。

2022年度の入試対策としてお役立てください。

物理

1.全体的な傾向
今年の主要大学(国立大学は前期試験)の出題分野と大問番号を以下の表にまとめました。

21出題傾向リサーチ_物理

この表に示した大学の多くでは、力学および電磁気から1題ずつ、そして熱力学・波動・原子のいずれかの分野から1題が出題されました。入試物理において、力学と電磁気が重視されるのは例年通りであり、今後も同様の傾向が続くことが予想されます。一方、その他の3分野については、本年度は熱力学と原子の出題がやや多く、波動がやや少なめでした。

問題の内容については、従来は簡潔な説明文で目新しい現象を与え、状況を把握・推測する力を求める問題が多く見られました。最小限の情報をもとに、物理の基本法則にのっとって自由な考察を行う力が求められていたといえます。しかし2019年度ごろから、詳細で厳密な情報を含む長大な問題文を与え、丁寧な誘導に乗って解答を進めさせる問題が増え始め、本年度はその傾向がほぼ定着したように思えます。必要な情報を素早く抽出し、与えられた指示に忠実に従って解析する力が求められています。

難易度については、難関大学全般として以前より易しめに落ち着いた印象です。特に、難問に取り組む力よりも、基礎~標準的な問題を確実に解く力を重視する大学が増えています。これはいたずらに難問に手を出そうとする受験生への戒めかもしれません。大多数の受験生にとっては、標準的な問題で物理の土台を固めることができたかどうかが合否の分かれ目といえます。もちろん、この段階を乗り越えた受験生は、基本法則の理解をさらに深めるとともに思考力を鍛えるため、時には難問にじっくり取り組むと良いでしょう。

新型コロナウイルス感染症の流行により、2020年7月に文科省から学習の遅れへの対策が要請されました。問題文に詳細な説明を入れる従来からの傾向はさらに強まったようですが、交流回路や原子の出題は増えており、出題範囲への配慮は物理については作題スケジュールから考えても非現実的な要請だったと思われます。

2.分野別の傾向

(1)力学
力学は、運動方程式・力学的エネルギー保存則・運動量保存則などの運動を支配する基本法則や、相対運動・重心運動など物体の運動の表現方法を理解し、その知識に基づいて放物運動・円運動・単振動などの具体的な運動について解析方法を学ぶ分野です。基本法則や運動の表現方法についての総合的な理解を問う設定として、複数物体の運動が代表的です。水平に運動する台上での物体の運動が典型的ですが、近年はそれ以外の設定で力学の総合的な力を問おうとする出題が増えています。特に衝突を含めた設定でさまざまな保存則の運用方法を試す問題が、北海道大学・筑波大学・京都大学・広島大学・九州大学など多く出題されました。

具体的な運動については、例年通り単振動・円運動・万有引力による運動が多く出題されています。特に今年は円運動の出題が多く、鉛直面内での円運動を含む問題が北海道大学・東北大学・千葉大学・東京大学・新潟大学・広島大学など多数の大学で出題された他、もっと基本的な円錐振り子が東京医科歯科大学・浜松医科大学・神戸大学などの大学でも出題されました。円運動は他の運動とは異なり、軌跡の制約が前提となり、加速度の大きさを速さや角速度を用いて表します。このため、運動方程式の形が独特のものとなり、物理を苦手とする受験生はつまずきやすいようです。磁場中での荷電粒子の運動や水素原子モデルなど他分野の問題でも使われる、確実に理解しておきたい単元です。

また難問としては、糸で結ばれた3つの小球の運動を扱う東京工業大学の問題が目立ちました。静止した観測者から見た小球の動きが具体的に想像しにくい設定で、1つの小球とともに運動する観測者を想定し、この観測者から他の2小球の運動を考える必要があります。このように柔軟な視点の切り替えを必要とする難問が難関大学でときどき出題されています。物理が得意な受験生は、少し古めの年度の問題も含め、思考力を要求される難問に取り組むと、他の受験生に差をつけられます。また難問としては、糸で結ばれた3つの小球の運動を扱う東京工業大学の問題が目立ちました。静止した観測者から見た小球の動きが具体的に想像しにくい設定で、1つの小球とともに運動する観測者を想定し、この観測者から他の2小球の運動を考える必要があります。このように柔軟な視点の切り替えを必要とする難問が難関大学でときどき出題されています。物理が得意な受験生は、少し古めの年度の問題も含め、思考力を要求される難問に取り組むと、他の受験生に差をつけられます。

本年度は、東京大学・京都大学・大阪大学・同志社大学などの難関大学での出題が目立ちました。ただし、多くの問題では原子分野で学ぶ知識は問題文で与えられており、実質的には他の分野の知識で解くことができる応用問題です。これは本年度に限らず、最近多く見られる傾向です。一方で、毎年のように原子分野の問題が出題されていた慶應義塾大学(医)では、本年度は不確定性原理についての知識を問う論述問題だけでした。

(2)電磁気
電磁気は大きく二つの観点、すなわち、電荷や電流が及ぼし合う力についての理論と、電気回路の解析に分けられます。前者は個々の荷電粒子に着目する微視的な観点、後者は移動した電気量に着目する巨視的な観点と見ることもできます。

電磁気は大きく二つの観点、すなわち、電荷や電流が及ぼし合う力についての理論と、電気回路の解析に分けられます。前者は個々の荷電粒子に着目する微視的な観点、後者は移動した電気量に着目する巨視的な観点と見ることもできます。昨年度は前者の観点による問題が目立ちましたが、本年度は荷電粒子の運動を直接扱う問題は、北海道大学・東北大学・東京都立大学・九州大学・早稲田大学(理工・人間科学)・慶應義塾大学(医)などの大学で出題されたにとどまりました。一方、平行板コンデンサーについて内部の電場や導体板・誘電体板の挿入を考える問題が、北海道大学・筑波大学・東京大学・東京医科歯科大学・東京工業大学・岐阜大学・名古屋大学・神戸大学・早稲田大学(理工)・関西大学などで出題されており、例年より多めです。電場・電位のような微視的な視点と、移動した電気量やエネルギー収支などの巨視的な視点をつなぐ重要な内容であり、入試問題では出題方法の典型が定まっていますので、確実に解けるようにしておきたいものです。

(理工)・関西大学などで出題されており、例年より多めです。電場・電位のような微視的な視点と、移動した電気量やエネルギー収支などの巨視的な視点をつなぐ重要な内容であり、入試問題では出題方法の典型が定まっていますので、確実に解けるようにしておきたいものです。電磁気のもう一つの定番は、電気回路にコンデンサーや磁場中を運動する導体棒を組み入れた題材です。多くの大学は直流回路を扱っていますが、現役生にとって演習が不足しがちな交流回路電気振動も、東京大学・静岡大学・大阪大学・順天堂大学(医)・同志社大学・立命館大学などで出題されています。教科書の最後の方で扱われる分野だからといっておろそかにはできません。

(3)熱力学
熱力学で典型的な問題は、気体の状態変化について状態方程式や熱・仕事などのエネルギーの収支に着目して考えるものです。出題頻度の割に必要な知識が少なく、得意にしておきたい分野です。

熱力学で典型的な問題は、気体の状態変化について状態方程式や熱・仕事などのエネルギーの収支に着目して考えるものです。出題頻度の割に必要な知識が少なく、得意にしておきたい分野です。難関大学では、複雑な力のつり合いを把握して気体の圧力を求める必要のある難問がしばしば出題されます。ゴム風船のモデルを自然長ゼロのばねで考える大阪大学の問題では、物理的・数学的に高度な考察が要求されました。その他の大学では、例年はピストンに水圧をかける、バネを取りつけるなどの複雑な設定がよく見られましたが、本年度は容器を傾ける筑波大学・神戸大学や2室に分ける千葉大学・東京工業大学・慶應義塾大学(理工)・立命館大学などがやや複雑な設定となっていた程度で、多くの問題は取り組みやすいものでした。

難関大学では、複雑な力のつり合いを把握して気体の圧力を求める必要のある難問がしばしば出題されます。ゴム風船のモデルを自然長ゼロのばねで考える大阪大学の問題では、物理的・数学的に高度な考察が要求されました。その他の大学では、例年はピストンに水圧をかける、バネを取りつけるなどの複雑な設定がよく見られましたが、本年度は容器を傾ける筑波大学・神戸大学や2室に分ける千葉大学・東京工業大学・慶應義塾大学(理工)・立命館大学などがやや複雑な設定となっていた程度で、多くの問題は取り組みやすいものでした。さらに、個々の気体分子の運動に注目して気体の状態変化を考える気体分子運動論の問題も、最近は出題数が増えています。

(4)波動波動にかかわるさまざまな現象を題材とした分野です。波の実体としては、水面波や音波などの力学的な波や、電磁気的な波である光(電磁波)がありますが、波の現象や表し方は実体によらない共通点があります。まず波動全般に共通する知識を学んだ上で、現象ごとの扱い方を習得する分野です。

波動にかかわるさまざまな現象を題材とした分野です。波の実体としては、水面波や音波などの力学的な波や、電磁気的な波である光(電磁波)がありますが、波の現象や表し方は実体によらない共通点があります。まず波動全般に共通する知識を学んだ上で、現象ごとの扱い方を習得する分野です。音波については、弦・気柱に生じる定常波や、ドップラー効果がよく問われます。特に今年度はドップラー効果の出題が札幌医科大学・東北大学・岐阜大学・岡山大学・関西大学などやや目立ちました。

もう一つの定番が光や水面波などの干渉で、本年度は名古屋大学・広島大学・早稲田大学(人間科学)・同志社大学・関西大学・関西学院大学などで出題されました。このうち名古屋大学や早稲田大学の問題は多数の層で反射した光の重ね合わせを考える、やや複雑な設定でした。波動分野の多くの題材は直感的に扱うことができますが、波の伝播の式では数式の抽象的で厳密な扱いが必要で、苦手とする受験生が多い単元です。本年度は東北大学や同志社大学で数学的処理が難しい問題が出題されています。

(5)原子
原子は、力学・電磁気・波動などの古典物理学を土台としつつ、古典物理学では説明できない現象については新たな概念を取り入れて考察する分野です。単元学習が遅れがちな現役生にとっては修得しづらい分野といえます。また、直感的には理解しづらい概念を取り入れる必要があり、数学力を生かして物理を得意にした人にとっても厄介な分野です。一方で、いったん完成した理論体系の一部を壊しつつ新たな理論に発展させていく、学問の進歩を学ぶことのできる分野ともいえます。

2014年度までの学習指導要領では原子分野は選択履修であり、多くの大学では出題範囲外とされていました。必修となった2015年度からも、しばらくは原子の出題はかなり少なめでしたが、近年は原子が出題されるのは当たり前となってきました。

本年度は、東京大学・京都大学・大阪大学・同志社大学などの難関大学での出題が目立ちました。ただし、多くの問題では原子分野で学ぶ知識は問題文で与えられており、実質的には他の分野の知識で解くことができる応用問題です。

これは本年度に限らず、最近多く見られる傾向です。一方で、毎年のように原子分野の問題が出題されていた慶應義塾大学(医)では、本年度は不確定性原理についての知識を問う論述問題だけでした。

化学

1.全体の傾向
東京大学をはじめ各大学共に出題傾向は毎年変化しています。変化といっても例えば東京大学の傾向に他の難関大学の傾向が加わっただけであり、同程度の難関大学の過去問対策をすれば解決する程度の変化です。入試で出題される難問のほとんど全ては、他の大学にて過去に出題されています。ゆえにある大学の特色にこだわり過ぎて、対策が特化し過ぎることは厳に慎むべきです。また入学試験である以上は、究極的には相対評価であり、直接的な難易度は意味を成しません。あくまで、決められた時間内で総得点の最大化を目指すために、どの問題を解かなくてはいけないのか、捨てるとしたらどの問題か、という意味において難易度を捉えるべきです。

さて、ここでは、まず「思考力」を化学の立場から解説し、さらに東京大学を主に、東京工業大学、および東京医科歯科大学についても簡単に分析し、それらの対策について述べます。

2.思考力とは?
化学における「思考力」にはいろいろな側面があります。例えば、雑多な情報の中から能動的に情報を集め、組み合わせ、別の意味のある情報を生み出す能力。あるいは、一見関係の無い情報を多段階に組み合わせて別の意味のある情報を生み出す能力。実はこの二つの能力は同じ能力に基づきます。これらの能力を鍛えるには、普段の化学の学習の時点から能動的に理解を深めてゆく必要があります。例えば、どんな数値や情報がそろえば、新たな情報が得られるのか。どの数値同士が、どのように相関関係を持っているのか。何が原因となり、何が結果となるのか、などを明確に意識しつつ学習していかなければ「思考力」は身につきません。

多くの難関大学では小問を積み重ねて問いかけ、最後に最も大切な情報を問うことが多く、前半の小問が誘導になっています。それに対して、東京工業大学でよく見られる思考力を問う問題では、途中の小問が無く、突然、他大学における最後の問いかけが成されます。自分で能動的に与えられた情報から、最終的な答えまで論理を組み上げていかなければなりません。そして本年度から始まった共通テストでも、この「思考力を問う」ことを目的の一つとしています。

思考力を鍛えるには、まず定番の考え方を、論理を意識しつつ、中程度の難易度の問題を繰り返し解くことにより、完璧に頭と身体に覚え込ませるほかありません。それにより、雑多な情報の中から、意味のあるつながりが「見える」ようになり、あるいは一見して関連の無い情報を、次々に組み上げていき、欲しい情報まで組み上げる道が「見える」ようになります。

3.東京大学

(1) 今年の傾向と特色
本年度の特徴は、「問題の本質を見抜くことができればむしろ楽に回答できる良問」ということに尽きるでしょう。合格に足り得る点数を取れた受験生にはむしろ簡単に見えたと思われます。例えば計算問題を解くには一般に以下の段階を踏みます。

(i) 文章を素早く正確に読み
(ii) その化学的な意味を理解する
(iii) 解くための方針を立てる
(iv) 立式する
(v) 計算し答えを求める

一口に難しいといっても、問題ごとにこれら段階ごとに難易度が違います。ある問題の、どの段階が難しいのかを、常に意識する癖をつけたいところです。東京大学は例年、段階(i)~(iii)が相対的に難しくそれ以降が易しいという特徴がありました。ただし、昨年度と一昨年度(2019~20年度)はその段階ごとの難易度のめりはりが無くなり、ごく普通の難関大学と変わらなくなってしまっていました。それに対し本年度は、往年以上に前半の段階と、後半の段階の難易度のめりはりがつきました。

これは、受験生からすれば要点をつかめてしまえば逆に非常に単純、簡単、計算も楽になり、かつ短時間で高得点が取れることを意味します。逆にこの要点がつかめないと、そもそも何をしていいのか分からないとか、込み入った難解な計算の沼に陥ります。そして得点分布が上位層と下位層に明確に分離することになります。入試問題は本来受験生を悩ませ困らせるものではなく、「思考力」を持った受験生を選ぶためのものであるはずであり、そういう意味では本年度は良問が多く見られました。

(2)特徴的な問題
ここでは「思考力」を測る良問3題をピックアップして解説します。

第1問(I) : 酸素原子を含む有機化合物に関する構造決定問題です。炭素と酸素の合計数が少ない場合は、全ての異性体を書き出し、書き出された異性体から条件を満たす化合物を選び出すという、力業を使うことが多くなります。しかし本問題はこの力業を使うには原子数がやや多く、条件を満たす構造を小さな構造から組み上げていく方が、短時間で正答にたどり着けました。まさに思考力が試されています。

第2問(I) : 水素吸蔵物質という受験生には見慣れない材料を、水素が関わる化学平衡反応へ導入した場合にどうなるかという問題です。水素吸蔵物質に対し空間の気体の水素の物質量を増やしていくと、ある分圧以上は水素吸蔵物質が水素を吸蔵し水素の分圧が一定となります。この水素の物質量に対する分圧の関係をグラフにすると何かと似ていることに気づかないでしょうか。これはまさに水の挙動、水の飽和蒸気圧の挙動と全く同じであり、同じ扱いをすれば良いのです。そこに気づければ、水素の分圧が飽和圧を超え
ているか超えていないかを常にチェックし、超えていなければ理想気体として、超えていれば飽和圧を用いれば良いだけです。この問題には理解している受験生にのみ計算や処理を大幅に簡略化できる仕掛けがもう一つあります。水素とヨウ素からヨウ化水素が生じる平衡反応では平衡反応の右辺と左辺の粒子の個数が同じなので、平衡状態において、ある物質量比になり計算は極めて単純になります。これも要点さえ分かっていれば簡単に解ける思考力を問う良問です。

第2問(II) : アミノ酸と酵素に関する頻出の問題です。ただし思考力を問う意図が強く見られます。例えばアミノ酸の滴定曲線を定性的に理解しなくてはなりません。カルボキシ基とアミノ基はどのタイミングで中和あるいは弱塩基遊離反応を起こしているのかカルボキシ基とアミノ基の物質量比はグラフのどこに表れているのか、などを読み取る必要があります。pHの反応速度への影響も、比例なのか指数なのか対数なのか、問題文から定性的に判断しなくてはならず、まさに思考力が必要です。温度を変化させることにより反応速度が増加する実験結果から、活性化エネルギーを求める問いが出されています。この問題は難関大学では頻出ですが、初見の受験者が短時間で解くことは難しかったかもしれません。問題文に反応速度の比があるので、反応速度の対数を取れば計算は極めて簡便になります。

4.東京工業大学

今年度の傾向と特色
東京工業大学の問題の特徴は大きく分けて以下の二つです。

(特徴i) 選択問題で一つか二つの正解を選ぶ
(特徴ii) 途中の過程を問われずに突然最終的な値を答えさせる。

しかも説明が最小限しか与えられないことが多い印象です。

特徴iでは、共通テストのような選択肢を一つ選ぶ選択問題とは異なり、適当に選んだ選択肢が正答になる確率は限りなくゼロに近いです。ゆえに全ての選択肢の正誤を完全に判断できない限り点数には全く結びつきません。特徴iiでは、論理を組み上げるためのヒントが大変少ないため、これまで学習で積み上げてきた複数の論理的な手順を組み上げていかなければなりません。この自分で論理的な手順を組み上げるという作業は、正誤問題の判定の際にも必要とされます。選択問題のある選択肢の正誤を判定するだけで、数分かかることもあります。本年度も従来と全く変わらない傾向と特色でした。まさに東京工業大学らしさあふれる「思考力」を問う問題ばかりです。

5.東京医科歯科大学

今年度の傾向と特色
東京医科歯科大学の問題の特徴は、受験生にとって初見の比較的長い説明文を読ませ、それを理解させ、そして活用させる問題を出すことにあります。もちろん、初見とはいえ今までに学習した論理的な理解を用いれば十分に活用できるように設定されています。説明の文章も長いので、化学の思考力と併せて国語の読解力も必要になってきます。普段から科学系の新書など、論理的な文章を読む訓練も積んでほしいと思います。例年は、具体的な実験に関する設問が多く出されていましたが、本年度はその傾向は抑えられました。その一方、比較的基本的な知識のみで答えられる設問が多くあったので、取りやすい問題をうまく取捨選択することができれば高得点に達したと思われます。

生物

1.大学入学共通テストの迷走
今年度の生物について、まずは大学入学共通テスト(以下、共通テスト)について言及しなければならないでしょう。第1日程で生物の化学の平均点が20点以上開いたため、物理・化学で得点調整がなされました。得点調整は6年ぶり、前回は2015年で、これも指導要領の移行期でした。

今回の得点調整の原因は、生物の平均点が「異常に」高かったためと考えられます。下図のように、生物(理系)の平均点が70点を超えたのは過去3回だけで、2021年は歴代2番目の高さです。最も高かった1999年、2021年の次に高い2006年は、いずれも指導要領の転換期でした。

21出題傾向リサーチ_生物①

平均点の高さの原因は何なのでしょうか?今年に関しては、受験率の低さが
一因であるという指摘もあります。ここでは、「難易度=解きやすさ」とし、その結果を「平均点」と考えます。生物の場合、平均点は

 ①問題文、選択肢の文章の長さ
 ②選択肢の数
 ③リード文での説明量

などの影響を大きく受けます。そこで、②選択肢の数と平均点の関係をまと
めると、下図のようになります。

21出題傾向リサーチ-生物②

2010年以降は得点調整のあった2015年を除きとても相関が高く、「解き
やすさ」が選択肢の数に依存していることが読み取れます。2021年は選択肢数が低いことから、「平均点を意図的に上げようとした」ところ「思いの外上がってしまった」といえるでしょう。それぞれの要因について、昨今の情勢から推測することができます。

共通テストは、それまでのいわゆる「脱ゆとり」の指導要領への批判の中で生まれました。知識量の制限が解かれ、極端に教科書が厚くなりました。かつての「詰込み型」への回帰の懸念がある一方、単純に暗記量を減らす「ゆとり」への回帰もできない中、「思考力」というキーワードのもと、高大接続改革が進みます。つまり、「思考力」が「知識を覚える」ことと分離して議論されたのです。生物では、2017年に日本学術会議より高校生物の「重要用語」を4分の1に圧縮すべきという提言が出され、追い打ちをかけます。

試行調査の結果も悪く、共通テストは当初から難化が懸念されていました。
そこで、大学入試センターは、まず選択肢を加減したと考えられます。そして、「知識によらない思考力」は「文章読解」に偏ります。これが予想に反して易化を招きました。実際、今年の問題は、知識が無くても解けてしまいます。初回の共通テストは「世間の荒波に飲み込まれた」結果といえると思います。

2.知識と思考のバランス
知識と思考力のバランスについて、大学の対応はまちまちです。

早稲田大学理工系学部では、PCR法に関して、教科書から逸脱した専門知識(GC含量によるプライマーの使用温度)が求められる出題でした。また、現行過程で教科書に載った、Gタンパク質共役受容体に言及した問題が近年出題され始めていますが、慶應義塾大学医学部では、詳細まで既知として出題されました。このように私立大学では要求される知識が深いものが目立ちました。

一方、国立大学では未知の内容が題材となることは多いですが、リード文で詳しく説明されます。その際、実験原理や結果の解釈、論述のための論理展開などで既知の知識や生物的な概念、考え方が前提となっています。このバランスが先述③に相当します。その点、東京大学や名古屋大学、北海道大学などはバランス取りが成功しており、知らなければ解けず、考えなければ解けない問題になっています。

生物に限らず、地学や地歴などの知識が主体となる科目の場合、知識と思考力は不可分なものです。「知識の理解」を「単語の羅列の暗記」としてしまうことに問題があるのです。知識は思考のための道具であり、解答への手がかりです。概観すると、今年の入試は「知識」のあり方について考えさせられるものだったと思います。

3.新型コロナウイルスについて
生物を扱う以上、今年はこの話題も触れないわけにはいかないでしょう。まず多くの大学で出題範囲の配慮が成されましたが、内容は「発展事項の出題では補足説明をする」というもので、つまり生物ではリード文が長くなる程度の負担になり、実質影響はあまりありませんでした。

一方、出題テーマとしては、免疫の単元自体の出題頻度が下がったように思います。現状、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)の実体は研究途上であり、また、現在進行形のことのため扱いにデリケートな部分が多く、内容に踏み込めなかったからだと考えられます。

そんな中、かなり踏み込んだ出題があったのが、まず慶應義塾大学看護学部です。こちらは疫学調査を題材とし、変異の様子や偽陽性・偽陰性の計算等が出題されました。一方、大阪大学では、ある研究論文をもとに、「ウイルスX」として実験考察が出題されました。いずれも新型コロナウイルスに関する断定的な結論を避けた作りとなっています。

科学的な深い関心の喚起は、大学の大きな使命だと思います。今後も風化せずに継続的に出題が見られることを期待します。

この記事は『2021年度大学入試 出題傾向リサーチ』に掲載された記事の一部を修正・加筆したWeb版です。
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