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大学歴訪録 #9 北海道大学

クラーク博士の熱い志を受け継ぎ
北の大地で学生を育む総合研究大学


旧七帝大の一角を占める北海道大学は、開拓時代からのミッションを今も受け継いでいる、日本最北の地にある総合研究大学です。2020年10月に総長に就任した寳金清博先生に、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がリモートインタビューでお話を伺いました。

「光」は「北」から
「北」から「世界」へ


髙宮 寳金先生は貴学のホームページの就任あいさつで、『「光」は「北」から 「北」から「世界」へ』というキャッチフレーズを掲げられています。この印象的な言葉には、寳金先生のどんな思いが込められているのでしょうか。

寳金 「光」は大学にとっての重要なミッションである「教育・研究・社会貢献(社会共創)」を指しています。大学が掲げる「知の光」ですね。「北から」というのはもちろん本学のことです。日本の総合研究大学では最も北に位置しており、東京の経済圏から遠い上、12月から2月までの平均気温がマイナスになるなど自然環境も厳しいものがあります。それだけに、今の時代では珍しい、真摯な自己鍛錬が可能な大学ともいえるでしょう。
 また、確かなエビデンスがあるわけではありませんが、人類の科学技術の多くは、古来より北の高緯度地方の厳しい環境から生み出されてきたという印象を持っています。その意味で、本学には新たな科学を生み出す土壌があり、それを世界に向けて発信していく使命も担っていると考えています。

北海道大学総長 寳金 清博先生

髙宮 寳金先生は学生時代からずっと貴学を見てこられましたね。先生からご覧になって、北海道大学とはどのような大学ですか。

SAPIX YOZEMI GROUP 髙宮 敏郎 共同代表 実際のリモート取材風景

寳金 よく言われることですが、キャンパスが圧倒的に広い大学、ですね。札幌キャンパスだけで約1・8平方キロメートル、東京ドーム約38個分もあります。研究やフィールドワークのための農場や森林を含めれば、敷地面積は約660平方キロメートルで、これは日本の国土の約570分の1に相当します。日本一広く、豊かな自然に恵まれたこの環境で過ごす数年間は、北大生の人間形成にとって大きなプラスになるでしょう。

髙宮 北海道大学といえば、多くの人がクラーク博士をイメージすると思います。

寳金 学校にとって開祖は重要です。本学の前身である札幌農学校の初代教頭ウィリアム・スミス・クラーク博士は事実上の校長であり、私たちに多くの遺産を残してくれました。
 1876(明治9)年当時、農学は世界最先端の学問であり、クラーク博士は米国マサチューセッツ農科大学の著名な学者でした。彼が札幌にやって来たのは、現代でたとえれば、高名なノーベル賞学者がいきなり発展途上国の学校長に着任するようなものだったのです。しかも、教師のほとんどは外国人で構成され、授業の多くは英語で行われました。最初に授業を受けたのは東京の英語学校等から来た二十数人の生徒たちで、そのうち卒業できたのは半数程度。それだけ厳格な授業が行われたようです。
 クラーク博士が北海道にいたのはわずか9カ月にすぎませんが、“Be ambitious”など印象的な名言を残しており、今の時代でいえば、強力な発信力を持つインフルエンサーでした。そのエネルギーは現在の本学にも脈々と受け継がれています。

学生は道外出身者が7割
世界へ羽ばたく卒業生


髙宮 貴学については、従来は「旧帝大」という枠組みで語られるケースが多かったと思いますが、道内には貴学を含め、七つの国立大学がありますね。その中で、貴学はどんなポジションにあるとお考えですか。

寳金 それは本学の生い立ちを見れば明らかです。実際に訪れた人なら分かると思いますが、本学は北海道庁とほぼ正対する位置関係にあります。時の明治政府が北海道開拓のためにつくった学校であることは間違いありません。その意味では、地域創生に資する学術を発展させ、地域に貢献する人材を育成することが、道内のどこよりも重視された大学といえるでしょう。
 しかし、実際には入学者の約7割が道外出身者で占められていて、卒業後もその多くが道外に転出していきます。開校時に与えられたミッションと現状とは大きくかけ離れていますが、これはこれで良いのではないかと、私は考えています。本学には全国のあらゆる地域から学生が集まり、卒業後は全国や世界中に散らばっていく。社会のあらゆるところに、北大出身者が遍在しています。こんな大学は、国内にはなかなかないのではないでしょうか。道外からの入学者が多いことも、本学の伝統の一つなのかもしれません。

北海道の大学ならではの
ユニークな研究機関群


髙宮 貴学には他の大学にはない、北海道ならではのユニークな研究機関が数多くあります。それも、全国から学生が集まる理由の一つといえそうです。

寳金 確かに、低温科学研究所、アイヌ・先住民研究センター、スラブ・ユーラシア研究センターなどは、気象学的あるいは地政学的に見て、北大ならではの研究施設といえるでしょう。

 低温科学研究所は1941年に設立された北大初の附置研究所。その立地を生かして、雪氷学や低温生物学など独自の分野で数多くの研究成果を挙げてきた。地球環境への意識が世界的に高まるなか、気候変動システムにおける寒冷圏の役割の解明など、同研究所に寄せられる期待は大きい。
 アイヌ・先住民研究センターは、アイヌ民族をはじめ世界各地の先住民族の研究に特化した国内唯一の国立研究機関。2019年からはアイヌ研究、先住民研究で博士学位取得が可能な日本初の教育組織となった。
 スラブ・ユーラシア研究センターの前身であるスラブ研究室が学内に組織されたのは1953年。ロシアをはじめとするスラブ地域と関係の深かった北海道に、スラブ研究の拠点を作ろうという狙いからだった。ソ連とユーゴスラビアの解体後には、非スラブ系を含めた東欧圏を広く研究対象とするため、スラブ・ユーラシア研究センターに改称。現在は国際的な研究機関として、国内外の多くのスラブ・ユーラシア研究所とさまざまな学術交流が生まれている。

髙宮 話は少しそれますが、貴学は「企業の人事担当者から見た大学イメージ調査」で2年連続総合1位に輝きました。

 上場企業と有力未上場企業の人事担当者を対象に、日本経済新聞社と日経HRが実施した大学イメージ調査で、北海道大学は2020年、2021年と2年連続で大学イメージ総合ランキング1位を獲得した。調査は行動力、対人力、知力・学力、独創性の4項目からなり、北大は対人力で1位、行動力で2位になるなど4項目全てで5位以内に入った。

寳金 ありがとうございます。なぜ総合1位なのかは分かりませんが、対人力1位、行動力2位というのは何となくうなずけます。北大には全国から多様な学生が集まってきていて、日々さまざまな環境で勉強していますから、対人力、行動力がおのずと鍛えられるのではないでしょうか。

今こそ国立大学改革が必要
読者も危機感を共有してほしい


髙宮 寳金先生は2022年1月11日付の日本経済新聞に、『国立大学の改革 自律・主体的に展望描け』という文章を寄稿していらっしゃいます。拝読し、現在進められている国立大学改革に対して、先生が大きな危機感を抱かれていると知りました。先生はどのような問題意識を持ってあの文章を書かれたのでしょうか。

寳金 国立大学改革の話自体は高校生向きの話題ではありませんが、現在、日本の大学制度が大きな曲がり角に差しかかっていることは、高校生の皆さんにも知っておいてもらった方がいいかもしれませんね。
 髙宮さんもご存じのとおり、日本の科学力・研究力はこの30年で大きく衰退しました。昭和の終わりごろまで、日本の科学力はアメリカ、イギリスに次ぐ世界3位の座をドイツと競い合うほどレベルが高かったのに、今や世界10位にも入れなくなってしまいました。その要因はいくつかありますが、少なくとも、2004年から始まった国立大学の法人化は明らかな失政だったと考えています。にもかかわらず、国立大学側がその事実を認めようとしないのは、責任ある教育機関の態度とはいえません。国立大学は今こそ大学改革のための施策を自ら積極的に打ち出すべきなのです。

髙宮 寄稿文でもそのように訴えられていましたね。マラソンにたとえるなら、日本は今、先頭集団の後ろ姿が見えなくなりかけている。ここでさらに距離を広げられたら、もう追いつくことを諦めてしまうだろう。だから、今が先頭集団に追いつくぎりぎりのタイミングなのだ、と。

寳金 日本の科学力の低迷は、大学受験を控えた高校生の皆さんにとっても人ごとではありません。私が受験生の立場だったら、志望先として海外大学も当然視野に入れるでしょうね。これから最新科学を学ぼうと思ったとき、世界10位の国で学ぶよりも、世界1位か2位の国で学ぶ方が将来的に有利になりますから。要は日本が高等教育を受ける国として本当にふさわしいかどうかが問われているのです。

髙宮 私は留学先のアメリカで大学経営学を学んだせいか、どうしても経営的な視点から物事を見てしまいます。先生は大学と民間企業との提携や連携について、どうお考えですか。

寳金 国は今、国内大学の研究力を底上げするために、10兆円規模の大学ファンドを立ち上げようとしています。10兆円の原資があれば、年利3%で毎年3000億円の資金が調達でき、イノベーションにつながる大学の研究開発環境を大きく改善できます。このシステムがしっかり機能すれば、5年先、10年先には、東京大学あたりが世界ランキング上位に食い込める可能性もあると思っています。

受験時に学部学科を指定しない
「総合入試」を2011年に導入


髙宮 貴学では2011年に「総合入試」制度を導入しました。

寳金 これは文系・理系の大まかなくくりで受験してもらい、2年生に進級する際に希望する学部・学科を選択するという制度です。

 総合入試を導入した最大の理由は、学生一人一人に、自分が本当に学びたい学部・学科を選択してもらうためだ。従来の学部別入試では、受験科目や難易度を優先して学部・学科を選択したり、自分が何を学びたいか分からないまま何となく学部・学科を決めていたりして、入学後に「こんなはずではなかった」と後悔する学生が少なからず存在した。そこで、そうしたミスマッチを生じさせないよう、「学部・学科は入学してから決める」制度を新たに設けたのである。総合入試で入学した学生は、「文系」「理系」のクラスに分かれて総合教育部に1年間所属し、そこで基本的な教養教育を受けながら、1年間かけて自分の学びたい学部・学科を決めていく。
 なお、従来型の学部別入試も併行して行われている。

髙宮 貴学のホームページで総長コラムを大変興味深く拝読しました(※)。今でも大学受験に関する悪夢をご覧になるそうですね。

※北光一閃 -総長コラム-「受験百景2:総長も受験生」

寳金 随分細かく読み込まれていますね(笑)。そうなんです。実際には北大に現役合格したのに、「準備をしないまま入試当日を迎えて焦りまくる」という夢をいまだに見ます。私自身、受験生時代に感じたストレスがトラウマになっているのでしょう。

髙宮 北大の総長はそれだけ受験生のつらさをしっかり理解してくださっているということですね。本日は長時間ありがとうございました。

■プロフィール
北海道大学総長 寳金 清博さん
ほうきん きよひろ●医学博士。1979年北海道大学医学部医学科卒業。北海道大学医学部附属病院などを経て、1986年11月から2年2カ月間、カリフォルニア大学デービス校客員研究員を務め、1990年北海道大学医学部附属病院助手、1992年医学部附属病院講師に。1996年文部省在外研究員(スタンフォード大学・英国王立神経研究所)を経て、2001年札幌医科大学医学部教授、2010年北海道大学大学院医学研究科教授に就任。同病院長、同大学副学長を経て、2020年北海道大学総長に就任。専門は脳神経外科学で、もやもや病研究の権威。『脳動脈瘤手術』(共著・南江堂)、『脳血管障害診療のエッセンス』(共著・メジカルビュー社)など、編著・監修書多数。

■北海道大学の紹介

札幌農学校第2農場


札幌農学校の初代教頭を務めたクラーク博士の胸像。“lofty ambition”(高邁なる大志)や“Be ambitious”(大志を抱け)といった名言は北海道大学のモットーにもなっています


北海道大学の歴史は1876年にクラーク博士が開校した札幌農学校までさかのぼります。博士が帰国するとき、“Boys, be ambitious”(少年よ、大志を抱け)と言い残したことはあまりに有名です。その後、北海道帝国大学としてリスタート。第二次大戦後に北海道大学になりました。
 現在は国立大学最多の12学部、さらに21大学院を擁しており、人文・社会・自然科学のほぼ全ての学問領域をカバー。農学・林学、化学、化学工学、地球・海洋科学、地球物理学の分野では「QS分野別世界大学ランキング2020」の100位以内に入りました。日本最北の総合研究大学として、世界で活躍する多くの優秀な人材を輩出しています。
 自然環境にも恵まれています。東京ドーム約38個分の広大な札幌キャンパスは四季の美しさにあふれ、「食」をはじめとして日々豊かな生活が送れること間違いなし。
 2011年には学部学科を指定しない総合入試制度が導入され、2013年からは国際派リーダー育成のための学部横断的プログラム「新渡戸カレッジ」も開校されるなど、多様な側面から内外の注目を集めています。

■Y-SAPIXよりお知らせ

この記事は2022年4月22日に刊行された『Y-SAPIX JOURNAL』2022年5・6月号に掲載された記事のWeb版です。

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