大学歴訪録#24 千葉大学
革新と伝統の両面を併せ持ち
「つねに、より高きものをめざして」
本部のある西千葉キャンパスまで、東京駅から電車で1時間弱ながら、緑豊かな自然環境にも恵まれた千葉大学。今年春にはいま注目される学問領域を扱う情報・データサイエンス学部が新設されました。2024年4月に新学長に就任した横手幸太郎先生に、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がお話を伺いました。
2024年春、注目の新学部を開設
髙宮 前回(2020年1・2月号)、徳久剛史学長にお話を伺った際、貴学の学部数は10でしたが、この春に一つ増えましたね。
横手 本学11番目の学部として、情報・データサイエンス学部を開設しました。AIとビッグデータによって社会が大きく変わろうとするいま、そのベースとなるデータサイエンスは時代が要請する学問といえます。本学の情報・データサイエンス学部は工学部から分かれる格好で開設されましたが、工学以外の分野も取り入れた学部です。
髙宮 大学院も新設されました。
横手 情報・データサイエンス学府ですね。研究テーマは、総合大学である本学の強みを生かした領域横断的なものが想定されています。また、本学では教育、工学、園芸などさまざまな専門領域で教育・研究が行われており、それぞれビッグデータが存在します。それらをデータサイエンスと組み合わせることで、社会的課題を解決する糸口が見つかる可能性があるため、各方面から大きな期待が寄せられています。例えば、県内各地の医療機関から本学医学部附属病院に集約される膨大な臨床データを解析していけば、医療分野でイノベーションが生まれるかもしれません。
世界と地元の二兎を J-PEAKSに採択
髙宮 貴学は11学部19大学院を有する全国規模の総合大学でありながら、医学部附属病院が地域の拠点病院として機能するなど、千葉県ローカルの大学という二つの顔を持っています。両者のバランスについてはどのようにお考えでしょうか。
横手 わが国はすでに人口減少社会に突入しており、大学経営においても難しい時代になってきています。そうした中、大学が社会に必要とされる存在であり続けるには、やはり研究力が重要になります。前学長の中山俊憲先生が「世界に冠たる千葉大学へ」というビジョンを打ち出されたのも、世界最先端の研究を展開することで、本学の存在を世界的に確立しようと考えたからにほかなりません。
また、本学は「つねに、より高きものをめざして」を千葉大学理念として掲げており、世界の中で輝き、輝かしい未来を牽引し、選ばれる教育研究大学になることを目指しています。
その一方で、本学の立地は極めてユニークです。人口約98万人の都市にありながら、地方としての特色も備え、海も山も成田空港も近い。こうした独自の環境は本学の特徴であり、地域と共存する大学として、千葉県民や千葉市民の人に“おらが大学”と誇りに思ってもらえればうれしいですね。
すなわち、研究力で世界に伍する大学でありながら、地域に愛される大学でもありたい。どちらも大切な要素なので、貪欲に二兎を追っていきたいと考えています。
髙宮 貴学は昨年、文部科学省の「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業」に採択されました。
横手 文科省は国内大学の研究力をレベルアップさせるために、いくつかの事業を推進しています。そのうちトップグループを想定したのが、少し前に話題になった「国際卓越研究大学」です。しかし、トップグループだけ独走しても、後が続かなければ意味がありません。そこで、第2グループを想定し、昨年公募されたのが「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業」です。この事業の略称はJ -PEAKSといいますが、トップに続くピーク(山脈)をいくつも作ることで、国内大学全体の底上げを図ろうという意図が込められています。
髙宮 69大学が応募し、採択されたのは12大学。貴学の研究テーマは免疫学関係でした。
横手 本学医学部は以前から免疫学研究に定評があります。今回のJ -PEAKSについては前学長の中山先生が亡くなる直前まで指揮を執り、カリフォルニア大学サンディエゴ校との共創関係を確立するなど尽力されました。最終ヒアリングは中山先生の没後に行われましたが、採択が決まった時は関係者一同涙を流して喜びました。
「全員留学」が魅力の「ENGINEプラン」
髙宮 貴学は「全員留学」で知られていますが、横手先生も留学経験がおありですね。
横手 略歴には載せていませんが、小学校の3年間をカリフォルニアで暮らしました。子どもながら文化や物量の違いに圧倒されました。医師になってからはスウェーデンに留学しましたが、日本ともアメリカとも異なる学びの環境や人々の心の豊かさに感銘を受けました。海外に行けば必ず何らかの発見があります。そんな経験をしているので、徳久学長の時代に本学が「全員留学」の方針を打ち出したことはとても納得しました。
髙宮 1カ月前にサンフランシスコ・ベイエリアに行く機会がありましたが、大学の構内には、まるでベトナム戦争の時代であるかのように反戦ポスターがびっしり張られていました。しかし、そうした光景は、日本ではほとんど報道されません。
横手 今はインターネットで世界中の情報を簡単に入手できますが、実はそれらが選別され、偏った情報となり得ることに多くの人は気付いていません。まずアップされる段階で投稿する側の思いが働いているし、見る側も自分のバイアスをかけて無意識のうちに情報を選んでしまっています。ですから、ありのままの外国を見るためには、やはり現地に一定期間滞在するしかありません。また、日本を相対的に評価するには外から見る経験も必要です。
そこで、本学では独自のグローバル人材育成プラン「ENGINEプラン」を展開しています。世界34カ国・地域/238大学と大学間学生交流協定を結び、本学学生には原則として在学中最低1回の海外留学を求めています。
なお、「ENGINEプラン」は海外留学をより長く、より深く経験できるよう、「ENGINE2・0」への更新を進めています。来年度には新たなプランを提供できそうです。
髙宮 グローバルと並ぶ、もう一つの重要な視点はダイバーシティだと思います。東京大学も京都大学も、教員と学生の女性比率を上げるのに大変苦労しているようです。貴学はいかがでしょうか。
横手 本学には国立大学として唯一の看護学部があるため、全体をならせば、女性比率はまずまずの高さですが、低い学部もあります。今年度は情報・データサイエンス学部を新設しましたが、入学者の多くは男性でした。そこで同学部では、今年度に実施する学校推薦型選抜から、女子枠を設けることを決定しました。
他大学に類を見ない「飛び入学」制度
髙宮 千葉大学といえば、革新的な「飛び入学」制度があります。
横手 正式名称は「先進科学プログラム」といい、1998年に本学が日本で初めて導入しました。高校2年修了後、または高校3年の9月に本学に入学し、科学分野の専門研究に早くから着手することで、優れた若手研究者に成長してもらうのがその狙いです。
髙宮 狙いは達成されているのでしょうか。
横手 2024年春までにこのプログラムで入学した学生は107人おり、同年3月までに卒業した者は87 人います。その8割以上が大学院に進学しているので、若手研究者を育成するという狙いは達成していると考えています。
社会課題の解決法を自分の頭で考えたい人
髙宮 横手先生は貴学の医学部のご出身ですが、貴学の医学部にはどんな特徴があるのでしょうか。
横手 帝国大学だった旧七帝大、すなわち現在の東京・京都・東北・九州・北海道・大阪・名古屋の各大学医学部は、主に大学における指導者の養成を担ってきたと思います。一方、旧六医大である現在の千葉・金沢・新潟・岡山・長崎・熊本の各大学医学部では、優れた臨床医を養成するために、特に臨床に根差した教育・研究を行ってきました。そうした伝統は今も本学に息づいていて、あくまでも患者さん本位の医学教育が行われています。
髙宮 最後に、貴学を志望する読者にメッセージをいただけますか。
横手 本学には誇るべき強みがあります。一つは地域性です。東京と地方のちょうど中間に位置し、豊かな自然環境と利便性が両立している。これは教育の場としてかなりのアドバンテージを有していると思います。もう一つは伝統です。今年、医学部は創立150周年、教育学部は創立152周年、工学部は103周年、新制大学としては75周年を迎えました。自然環境、利便性、伝統を併せ持つ大学は、そう多くはないだろうと思っています。
人口減少、気候変動、地域紛争、格差と貧困、食糧・エネルギー問題など、これから20年後の社会がどう変わっているかは誰にも分かりません。だからこそ、私たちは新たに発生する問題を一つ一つ自分の頭で考えて解決できる人材を育てたい。社会課題の解決に興味のある人、世界を広く見てみたい人、好奇心旺盛で自分を高めていきたいと考える人は、本学も志望校の候補に入れて、ぜひ一度、キャンパスを見学しに来てもらえればと思います。
■プロフィール
学長 横手 幸太郎さん
1988年千葉大学医学部医学科卒業、千葉大学医学部附属病院第二内科入局。1992年スウェーデン・ルードウィック癌研究所ウプサラ支部客員研究員。1996年スウェーデン国立ウプサラ大学大学院博士課程修了(Ph.d.)。1998年千葉大学大学院博士課程修了(医学博士)。1999年千葉大学医学部助手。2006年千葉大学医学部附属病院講師。2009年千葉大学大学院医学研究院教授。2020年千葉大学医学部附属病院病院長、千葉大学副学長(病院担当)。2021年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了(MBA)。2024年千葉大学長に就任。専門分野はライフサイエンス/代謝、内分泌学、老化。座右の銘「我、事において後悔をせず」。
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