大学入試とその先を見据えて“知的体幹”を鍛える オリジナル講座「リベラル読解論述研究」 ~幅広いジャンルの良書が選定されるまで~
「教養を深め、主体的に学ぶ力を育むこと」を目的に、Y-SAPIXが開発したオリジナル講座「リベラル読解論述研究」。受講生は厳選された良書を精読し、「読む・書く・聞く・話す」という言語活動を実践することで論理的思考力や記述表現力を高め、“知的体幹”を鍛えます。講座の根幹を成す課題書籍の選定について、リベラル読解論述研究科副教科長の宮田直樹に聞きました。
吸収力の高い中高6年間こそ
アナログな訓練に取り組もう
「リベラル読解論述研究」は、幅広いジャンルの良書を題材に、論理的思考力や記述表現力を高めるオリジナル講座です。課題書籍は毎年10~12冊が選定され、おおよそ「1カ月に1冊」のペースで読み進めます。授業は課題書籍1冊につき月4回行うのが基本で、受講生は初回までに1冊の課題書籍を正確に読み込みます。授業では論旨を分析・把握し、ディスカッションを通じてさまざまな意見や視点を吸収して自分の考えを小論文にまとめ、添削指導を受けます。
この講座の狙いは、日本語で幅広いジャンルの良書を精読し、「読む・書く・聞く・話す」という活発な言語活動を通して、物事の本質を突き詰めて考える姿勢や力を身につけることです。宮田は、「吸収力の高い中高6年間だからこそ、地道に本を読むというアナログな訓練に時間をかけることで、“知的体幹”が鍛えられるのです。受講生が将来、文系・理系を問わず、どの分野に進んだとしても、生涯にわたって求められる“全人生的に役立つ力”を育みたいと考えています」と語ります。
リベラル読解論述研究は、受講生が幅広い分野で教養を形成できるように開発されましたが、大学入試のその先を見据えた力を育てようとしています。宮田は「論旨を正確に捉え、自分の考えを論理的に表現する力」を問う最難関大学の入試に触れ、「本講座は、大学進学後にも役立つ『どんな文章でも読み解ける力』『字数に関係なく的確に書ける力』『どんな問われ方をされても表現できる力』を伸ばします。一方、総合型選抜や学校推薦型選抜では、レポートやディスカッションが課されるケースも増えていますが、多様化する入試の選抜方式にも対応できます」と強調しました。
内容・ジャンル・時代性を考慮し
学びの原動力となる書籍を選定
課題書籍は、リベラル読解論述研究科の担当講師による話し合いで選定されます。各講師が候補の書籍を持ち寄り、議論を重ね、年間の授業スケジュールや時期ごとに扱うテーマを決めていきます。選定基準は、①内容が面白くて充実している、②ジャンルが幅広く、受講者の興味・関心をかき立てる、③入試対策につながる、の3点です。中学生に対しては、「学びの原動力となるような刺激を与える書籍であること」「人間的成長を促すレベルの思考や議論ができる内容かどうか」を考慮した上で、「知識の吸収」に重点を置き、社会・経済・自然科学・文化・倫理など、幅広いジャンルからセレクトします。
高校生になると、実戦的な入試対策につながるよう、「時代性」を重視。社会の動静を意識したテーマを中心に扱います。「ある程度の読解力が身についているという前提で、政治経済の動き、科学技術の発達、社会環境、価値観の変容など、読み進めるなかで『少し難しいな、大変だな』と感じるくらいの難度で、時代とリンクした内容の書籍を岩波書店や筑摩書房などからセレクトしています」
2022年度の中1生向けの課題書籍『池上彰の憲法入門』(池上彰 著)について、宮田は「国の統治の仕組み、国民の権利や義務を知っておくことは当然重要です。まずは基礎知識を身につけ、その上で自分なりの意見や考えを持ってほしい」と思いを語ります。
中2では『いのちを“つくって”もいいですか?―生命科学のジレンマを考える哲学講義』(島薗進 著)、中3では『壊れた脳 生存する知』(山田規畝子 著)といった、生命や医学に関する書籍も扱います。iPS細胞やゲノム編集など、先端医療に関する知識を得るとともに、倫理面や受益者の経済格差など、負の側面についても議論します。「これからの社会を生きる中高生が直面する『医療』は、少子高齢化が進む日本が抱える重要な問題です。この講座では、難関大学や医学部医学科に進んだ後の『学びの動機』を刺激したいのです」
高校生の課題書籍には、「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一の著作『現代語訳 論語と算盤』が選ばれています。「企業経営を持続させるには、算盤(利潤の追求)だけでも、論語(道徳)だけでも駄目だ」と説く渋沢。「その二つはいわば車の両輪のようなもので、どう折り合いをつけていくべきか、企業の役割や社会のあり方を含めて自分なりに考えてほしい」というのが選定意図の一つです。一方、冷戦時代のチェコスロバキアの首都プラハでの体験をつづった『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(米原真理 著)は、「民主主義」や「国」について考えるきっかけを与えるのが狙いです。「人間の営みを考える上で、戦争・犠牲という重い題材にもしっかりと目を向けてほしい」との思いから選定されています。
考える経験をどれだけ積んだかで
その後の思考力は大きく変わる
良書でありながら、テーマやジャンルの重複などから、やむを得ず選外となる書籍も少なくありません。今回、漏れた書籍の一つが、『ペスト』(カミュ 著)です。「時代性」を強く推す一方で、「感染症が永続的なテーマであるかどうかは見極めが必要」という意見もあり、見送られました。また、『死刑』(萱野稔人 著)のように、さまざまな議論の末に選ばれた書籍もあります。
その書籍を取り上げることで、受講生が「考える喜び」を味わい、「早く議論したい、文章を書きたい」という意欲がかき立てられるかどうか。書籍との出合いを通じて、世の中で生きる力となる「何か」をつかみ取れるかどうか。このような視点で講師によって厳選された書籍が、リベラル読解論述研究の題材となるのです。
宮田は「多感な中高生時代に読書や討論を通じて、ゼロベースからじっくりと考える経験を積んでいるかどうかで、その後の思考力は大きく変わります。ぜひ、中1の春からの受講をお勧めします」と締めくくりました。