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大学歴訪録 #11 九州大学

「基幹教育」と「総合知」で
新時代を切り開く総合大学


旧七帝大の一校として創立されて以来、長い歴史を積み重ねてきた九州大学は、今世紀に入ってから広大な敷地を誇る伊都キャンパスに移転したことが話題を呼びました。2020年10月に総長に就任した石橋達朗先生に、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がお話を伺いました。

現在も生き続けている
山川健次郎の建学の精神


髙宮 この大学歴訪録では毎回、創立から長い年月を経ても変わらないもの、時代の変遷に合わせて変えてきたもの、いわば「不易と流行」を軸にお話をお聞きしています。貴学における「変わらないもの」「大切に守ってきたもの」とは何でしょうか。

石橋 本学では、初代総長・山川健次郎先生の就任時の訓示にある「修養が広くなければ完全な士と云ふ可からず」という言葉を今も大切にしています。私は「専門分野を極めるだけでなく、広く多様な学問の知見を持ちなさい」という意味に解釈しており、本学の建学の精神として、入学式など折に触れて学生諸君に紹介しています。
また、2000年に定めた「九州大学教育憲章」には、日本のさまざまな分野で指導的役割を果たし、アジアをはじめ広く全世界で活躍する人材を輩出し、日本および世界の発展に貢献するといった内容が書かれています。これが本学の教育の目的です。
現代では社会的な課題がますます多様化し複雑化していますが、それらを解決することも本学と本学学生の使命でもあります。その際のキーワードが「総合知」です。本学は人文社会科学系、自然科学系、デザイン系合わせて12学部を有していますが、学部の「専攻教育」に加え、文理の枠を超えた「基幹教育」を実践しています。そうした試みにより、専門分野にとらわれない総合的な知見を持つ卒業生こそが、社会的な課題を解決するための貴重な人材になるでしょう。これはまさに、山川健次郎先生が残された「修養が広くなければ完全な士と云ふ可からず」という理念にほかなりません。

九州大学総長 石橋 達朗先生

全学生に学び方を学ばせる
「基幹教育」を実践


髙宮 今お話にあった「基幹教育」は、貴学ならではのオリジナルなカリキュラムですね。

SAPIX YOZEMI GROUP 髙宮 敏郎 共同代表

石橋 はい。本学では、学問を学ぶにはまず「学び方」を学ぶことが重要になると考え、2014年から全学で「基幹教育」を実践しています。

新たな知や技能を創出し、未知の問題を解決していくためには、まず「ものの見方・考え方・学び方」を学ぶ必要がある。こうした考え方に立ち、九州大学が行っているのが、主体的な学び方を学ぶ「基幹教育」だ。
同大学では2011年に「基幹教育院」を立ち上げ、専任の教員を確保。その後、基幹教育のためのカリキュラムとシラバスを開発し、2014年に全学部の1年次から基幹教育をスタートさせた。
「自ら問いを立て、真理を追究するために自主的に学び続けるアクティブ・ラーナーを育成する」。それを大学の使命と考える九州大学の教育のベースとなるのが、基幹教育なのである。

髙宮 石橋先生は入学式などで、高校の学びと大学の学びの違いについても語っておられますね。

石橋 高校までの学びは、いわば受け身の学びです。選択授業も一部ありますが、基本的に文部科学省の定めた学習指導要領に沿った教育が行われます。しかし、大学での学びは違います。自ら学びたい学部を選んで入学し、自ら取りたい講義を選んで受講する。大学で初めて能動的な学びを体験するのです。学生諸君には、自分で選んだ学問を学び、深め、体系的な知識になるまで究めていって、卒業後はその学問で社会に貢献してほしいと願っています。

髙宮 理系では大学院まで進学する学生が多いと思いますが、学部と大学院のつながりについてはどのようにお考えですか。

石橋 工学部ではほとんどの学生が修士課程までは進みます。理系では確かに6年間の学びが規定のルートになりつつありますが、問題はその先。博士課程まで進む学生があまりにも少ないのです。大学で新たなイノベーションを起こしていくためにも、博士課程の充実は大きな課題です。

髙宮 貴学の直近の話題では、「高度デザイン人材」を育成するプログラムが注目されていますね。

石橋 本学は2003年に九州芸術工科大学と統合し、芸術工学部を新設しました。旧七帝大でデザイン系の学部を設置しているのは本学だけです。そして今年、大学院芸術工学府に、高度デザイン人材を育成するための講座として、「クリエーティブリーダーシップ・プログラム」を開講しました。これも国立大学初の試みであり、各方面で話題になりました。

「高度デザイン人材」とは「デザイン経営」を実践できる人材のこと。デザイン経営はデザインという考え方を取り入れた経営手法のことで、デザインは企業価値向上のための重要な経営資源であり、イノベーションを生み出す力にもなるとされる。
高度デザイン人材はそうしたデザイン経営を実現するための担い手で、デザイン、アート、ビジネス、リーダーシップの4要件に優れていることが求められる。九州大学大学院芸術工学府では九州大学ビジネス・スクール、九州大学ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センターとの連携により、「クリエーティブリーダーシップ・プログラム」を開講した。

イノベーション創出で
社会に貢献する大学へ


髙宮 貴学は昨年11月22日付で、文部科学大臣から「指定国立大学法人」に指定されましたね。

石橋 はい。今回の指定を受け、本学は「総合知で社会変革を牽引する大学」という新たな大学像を掲げ、それを実現するために「Kyushu University VISION 2030」を策定しました。

指定国立大学法人とは、国内大学の教育研究水準の向上とイノベーション創出を図るため、世界最高水準の教育研究活動が期待できる国立大学法人を文部科学大臣が指定できる制度。指定されれば規制緩和の対象となり、研究成果を活用した特定企業への出資や設立が可能になるなどの特例が認められる。2021年11月現在、東北、東京、京都、東京工業、名古屋、大阪、一橋、筑波、東京医科歯科、九州の10大学が指定されている。
「Kyushu University VISION 2030」は九州大学の今後10年間の方針と方向性を示したもの。「総合知で社会変革を牽引する大学」を実現するため、ガバナンス、DX(デジタルトランスフォーメーション)、教育、研究、社会共創、国際協働、医療、財政基盤の8分野におけるビジョンが提示されている。

髙宮 冒頭で貴学の「不易」について伺いましたが、「流行」に相当するのはどんなことでしょうか。

石橋 イノベーション創出のために企業と連携する、という発想は、かつてはありませんでした。私が本学に入学したころはむしろ「学問の自由と研究者の自律性をどう守るか」が重視され、研究者が企業に取り込まれてはいけない、というような風潮もありました。
しかし、現在は学問の自由と研究者の自律性を担保した上で、企業との協働も視野に入れつつ、いかに社会貢献を果たすかが大学の重要な使命になっています。本学は起業化支援にも力を入れています。

髙宮 石橋先生ご自身も、ベンチャーの起業に携わっていらっしゃいましたね。

石橋 はい。眼科の手術に使う新しい染色剤を開発しました。私は眼科医で、手術も数多く手がけてきましたが、2000年ごろまで、手術する目の膜を見えやすくする染色剤に良いものがありませんでした。
そこで、本学の眼科チームが開発したのが「ブリリアントブルーG」という薬剤です。本学はこの薬剤の特許を取り、メンバーの一人が薬剤を製造・販売するためのベンチャー企業を立ち上げました。現在では約80カ国で使われています。

髙宮 企業と連携してイノベーションを創出することは、確かに大学の新たな使命になりましたね。旧七帝大の学長・総長先生のご専門を過去2代までさかのぼって調べてみたところ、理系が21人中19人。最も多いのが医学系で、次が工学系でした。企業とコラボできる先生が学長・総長に選ばれているような気がします。

石橋 学長・総長は、かつては大学の運営だけしていればよかったのですが、今は経営もしなければならない。私は九州大学病院の病院長を4年間経験し、そこで経営マインドを養えたからこそ、総長の仕事ができているのかもしれません。

「人間力」を身につけるため
勉強以外を頑張ってほしい


髙宮 石橋先生が医師を目指したのはいつごろですか。

石橋 私は長崎県平戸の出身で、父は平戸で眼科の開業医をしていました。
そんな父を見ていて、中学生のころから医師になりたいと思うようになりました。今では眼科医になってよかったと思っています。
人は情報の8割を視覚から得ているし、目の血管の状態からさまざまな病気が判明することもあります。人体にとって目は非常に重要な臓器であり、眼科はやりがいのある仕事です。

髙宮 大学病院は地域医療の最後の砦でもありますね。

石橋 はい。さらに最高度の医療を提供できる病院でもあるべきです。そのためには、医学の最前線を探究し続けるリサーチマインドを持った医師を育てなければなりません。
2014年に新たな専門医制度がスタートして以降、学生のほとんどが臨床医を目指すようになりました。医学の発展を考えると、基礎研究に従事する医師をもっと増やすべきだし、臨床医であってもリサーチマインドを持ち続ける医師を育てていかなければなりません。

九州の医療の核であり最後の砦ともなる九州大学病院

髙宮 最近の医学生にはどのような印象をお持ちですか。

石橋 国際標準に近づけるために臨床実習の時間が増え、苦労しているようです。医学の急速な進歩により、覚えなければならない医療知識が私の時代より格段に増えていることもあり、今の医学生は本当に大変だと思います。
一つ気がかりなのは「成績が優秀だから」というだけの理由で、学校や塾に勧められて医学部に進学する学生が増えていること。人と接するのが嫌いで、コンピューターとしか向き合わず、「カルテさえ正しく書けばいい」と考える者すらいます。しかし、医師の仕事は、病気ではなく病人を診ること。だからこそ、医師には「人間力」が必要です。

髙宮 石橋先生は講演でも「人間力」のお話をされていますね。

石橋 私は医学生に限らず、大学は全ての学生の人間力を養成する場であると考えています。私が考える「人間力」は次の三つの力で成り立っています。①知的能力、②社会・対人関係調整能力、③自己制御力。この三つの力を養うのは、座学など正規の授業だけでは難しい。むしろサークル活動などの課外活動が重要になってきます。
教授として学生たちを教えていた時代、私のモットーは「よく遊び、よく学べ」(笑)。その考えは今も変わっていません。そういう意味で、コロナ禍の2年間は教育にとって大きなマイナスでした。幸い、今は比較的落ち着いているので、対面授業をできるだけ増やす方向で考えています。

髙宮 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

石橋 大学は多くの人にとって生まれて初めて経験する、能動的な学びの場になります。どうか自分自身の意思で本学を選択し、人生の貴重な財産となる「総合知」と「人間力」を養ってください。私たちも全力でサポートします。

■プロフィール
九州大学総長 石橋 達朗さん
いしばし たつろう
●1975年九州大学医学部卒業、九州大学医学部眼科学教室入局。1977年九州大学大学院医学研究科(病理学教室)入学。1981年九州大学大学院医学研究科(病理学教室)卒業、九州大学医学部眼科助手。
1984年南カリフォルニア大学ドヘニー眼研究所に留学。1986年帰国後、九州大学医学部眼科講師。2001年九州大学大学院医学研究院眼科学分野教授。
2013年九州大学副学長兼任。2014年九州大学病院長兼任。
2018年九州大学理事・副学長。2020年10月、九州大学第24代総長に就任。
2005年、大学発ベンチャーの設立に携わり、眼科手術染色剤「ブリリアントブルーG」の開発を主導した。

■九州大学の紹介

単一キャンパスとしては日本最大級の面積を誇る伊都キャンパス。写真はセンターゾーン

九州大学は1911(明治44)年、東京、京都、東北に続く4番目の帝国大学として創立されました。その前身は1867(慶応3)年設立の黒田藩医学校 「賛生館」までさかのぼることができます。
当初は医学部と工学部で出発しましたが、現在では共創・文・教育・法・経済・理・医・歯・薬・工・芸術工・農という12もの学部を擁する総合大学となりました。特にユニークなのが、九州芸術工科大学と統合したことで誕生した芸術工学部。旧七帝大で芸術系の学部を持つのは九州大学だけです。
2005年には箱崎地区、六本松地区、原町地区から元岡・桑原地区(伊都キャンパス)へのキャンパス大移転が話題になりました(2018年完了)。その伊都キャンパスは単一キャンパスでは日本最大級の272万㎡の広さを誇り、総面積7573万㎡は北大、東大に次ぐ国内3位の広大さ。未来都市を思わせる最新施設も見逃せません。また、学生9人に対して教員1人という手厚い教育体制、学生8人に1人が留学生という国際性も大きな魅力です。

伊都キャンパス全景。自然環境との共生に配慮するとともに、地域にも開かれたキャンパスとして住民の皆さんにも親しまれています
2018年に全面開館した国内最大規模の中央図書館。
「次の百年を担う図書館であること~アジアのトップブランドとして~」が基本コンセプト

この記事は2022年8月22日刊行『Y-SAPIX JOURNAL』2022年9・10月号に掲載された記事のWeb版です。

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