大学歴訪録#17 金沢大学
専門分野を融合させた独自教育で「未来知」による社会貢献を目指す
加賀百万石のお膝元、石川県金沢市に本拠を構える金沢大学は、医学部を創基として160年以上の歴史を持つ国立の総合大学です。2022年度から学長を務める和田隆志先生に、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がリモートでお話を伺いました。
親しみのある地域と金沢大学への強い想い
髙宮 和田先生は東京のご出身ですが、貴学のOBでもあります。なぜ金沢大学を目指されたのでしょうか。
和田 親族が金沢にいたこともあり、歴史と文化がある金沢という街に親しみを持っていました。そして、第四高等学校や金沢医科大学などからの学問の伝統を引き継ぐ金沢大学に憧れていました。当時、金沢大学のキャンパスは金沢城内にあり、「こんな環境で大学時代を過ごしてみたい」と思ったことも一因です。
実際に住んでみると、学生を大切にしてくださる方が多く、「学生の街」としてとても暮らしやすかったです。江戸時代から数多くの伝統工芸が栄え、現在も人間国宝に認定された方が多くおられます。海の幸も山の幸も豊富で、加賀料理など、長い伝統に根差した食文化も素晴らしい。文化学術都市であり、品格を備えています。充実した大学生活を過ごす環境として、北陸・石川・金沢は本当に素晴らしいといえます。
大切なのは地域と世界を「複眼的な視座」で見ること
髙宮 現在の貴学にも前身校からの歴史と伝統が引き継がれているということですね。
和田 本学の起源は1862年に加賀藩が設置した彦三種痘所までさかのぼります。金沢大学は医学系にルーツがあるともいえ、日本で3番目に古い医学部と考えられています。
明治時代以降、この地には第四高等学校、石川師範学校、石川青年師範学校、金沢高等師範学校、金沢医科大学、金沢工業専門学校など多くの学校が生まれ、これらが今日の本学の母体となっています。
髙宮 それぞれの前身校の伝統を引き継いで、総合大学としての新たな道のりが始まったわけですね。
和田 おっしゃるとおりです。本学が新制大学として生まれ変わった1949年に擁していたのは、法文・教育・理・医・薬・工の6学部。そのうち法文・教育・理学部のキャンパスは金沢城内にあったため、1989年に移転開始するまで、世界的にも珍しい“お城の中の大学”として知られていました。
髙宮 金沢大学憲章を拝読したところ、「地域と世界に開かれた教育重視の研究大学」という文言に目を奪われました。この憲章に込められた思いをお聞かせください。
和田 この金沢大学憲章は、国立大学法人に移行した2004年に策定しました。現在の本学は、融合科学・人間社会・理工・医薬保健という広い学問領域を学ぶことができる総合大学です。2021年から文理融合の新たな学域「融合学域」もできました。「地域」に根差すことはもちろん、「世界」にも開かれた研究・教育機関であることが重要です。
人間は「二つの目」を持っています。このことを私は、視座、インサイト(洞察)、視点とも言い換えて、「複眼的思考」で物事を考える重要性に例えています。例えば、一方で地域を見るのであれば、もう一方で世界を見る。その上で社会全体の課題を発見・把握し、俯瞰的に全体像を捉えることが重要と考えています。
金沢大学の基本理念に基づいて策定したのが、「金沢大学未来ビジョン『志』」です。その中で掲げているのが、「オール金沢大学で『未来知』により社会に貢献する」。これは本学が未来にあるべき姿を示した「北辰」(北極星)といえます。
「自ら学び、自ら育む」金沢大学ブランド人材を育成
髙宮 「未来知」という言葉も独特です。
和田 私たちは「未来知」を次のように定義しています。「現在の課題を解決するとともに、未来の課題を探求し、克服する知恵」。別の言い方をすれば「未来の価値を創造する知恵」になるでしょう。未来知による社会貢献こそが本学に課せられた使命だと考えています。
では、その使命を果たすために、私たち金沢大学はどうあるべきか。それを定めたのが、金沢大学未来ビジョンに掲げた三つの「あるべき姿」です。「世界的研究拠点の形成」「金沢大学ブランド人材の輩出」「持続可能で自律的な経営」がそれです。
特に研究面では、研究大学として文部科学省「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」にも採択されたナノ生命科学研究所をはじめとして、フラッグシップ研究所群から世界最先端の研究成果が次々と生まれています。また、本年5月にはG7富山・金沢教育大臣会合のエクスカーション(視察)も本学で行われました。
髙宮 「金沢大学ブランド人材」とは、具体的にどのような人材をイメージしているのでしょうか。
和田 一言でいえば「タフな人材」です。現在や未来に内在する課題を探求し解決していくには、「自ら学び、自ら育む」という、本学の伝統でもある自学自修の学びが重要です。本学で学ぶ学生には自発的な学びを通して、壁を乗り越える強い志を土台とした「人間力」と、あらゆる知を融合した「総合知」を身に付けてほしいと思っています。
そうした人材を育成するため、本学では「金沢大学〈グローバル〉スタンダード」、略称「KUGS」という人材育成目標を定めています。
文・理・医を融合させた独自の医学教育
髙宮 和田先生は医学部のご出身です。貴学の医学部にはどんな特徴があるのでしょうか。
和田 本学では2008年、それまでの文・法・経済・教育・理・工・医・薬の8学部を3学域・16学類に改組しました。その後、何度かの再編を経て、現在では4学域・20学類を擁しています。本学の「学域学類」は旧来の「学部学科」より広い領域を示しており、境界領域を含む広い分野を学修することが可能です。
お尋ねの医学部は、本学では医薬保健学域・医学類に相当し、次のような特色があります。
一つ目は医学類の学生のうちから研究活動に本格的に取り組めること。「MRT(メディカル・リサーチ・トレーニング)プログラム」といい、希望者は1年次から研究室に所属し、教員から指導を受けながら研究を行い、論文発表や学会参加もしています。このプログラムを魅力に感じ、医学類を目指す受験生もいます。
二つ目は海外留学・海外研修が盛んであること。私が留学したハーバードをはじめ、ニューヨーク、ハワイ、エジンバラ(イギリス)、シドニー(オーストラリア)などの各大学に、1年生から6年生まで、毎年学生を送り出しています。中には研修医と学生が一緒に赴く機会もあり、研修医は現地の医師から教わり、研修医が学生に教えるという屋根瓦方式(※1)の教育も行われています。
そして三つ目は臨床実習が充実していること。本学は近隣の多くの病院と密接な関係を築いているため、ありがたいことに臨床実習にご協力いただける研修協力病院が北陸地域中心に50カ所近くあります。研修医は多種多様な現場を経験できるわけで、これは本学にとって大きな財産といえます。
さらに、リベラルアーツ教育や、「STEAM教育」(※2)に力を入れているのは本学全体の特長ですが、それは医学の博士課程も例外ではありません。全人的医療を行うには幅広い教養を身に付けておくことが必要になるわけです。
髙宮 その一方、貴学には高度に専門化した研究機関も多いですね。
和田 今年5月に設立したサピエンス進化医学研究センターは、「文理医融合」の魅力あふれる研究センターです。これは古代人ゲノム研究、データサイエンス、医学生命科学研究を統合する機関で、考古学と医学を融合させた学問といえます。
また、子どものこころの発達研究センターには、世界に3台しかない幼児専用の脳機能測定装置があります。自閉スペクトラム症の発達をテーマに、医学・教育学・理工学を融合させた研究で大きな成果を上げています。
髙宮 貴学の学域学類制は専門分野の垣根を低くするものと伺っていますが、考古学や教育学と医学との融合というのがユニークです。
和田 本学では「文理融合」を重視しており、2021年には融合学域を新設しました。医学系でも「文理医融合」を実現させています。
多様な入試制度からも金沢大学らしさが
髙宮 金沢大学ブランド人材=タフな人材ということでしたが、文理融合の多様な学生がキャンパスにいることも、タフな人材の育成に役立っているのでしょうか。
和田 そう思います。本学は総合大学ですから、キャンパスの外でも内でも、他流試合で自分自身を磨こうと呼びかけています。
髙宮 キャンパス内で他流試合を行おうと思ったら、多様な人材を確保する必要があります。貴学が理工学域に女子枠を設けるなど、複数の特色ある入試制度を導入しているのもその表れですね。
和田 ダイバーシティー推進の一環として、2024年度入試から、理工学域の5学類で女子枠を設けました。また、女子大学院生や女性研究者など、ロールモデルとなるべき人材の育成にも力を入れています。
髙宮 「超然特別入試」にも目をひかれました。
和田 超然特別入試には「A-lympiad(エーリンピアード)選抜」と「超然文学選抜」があります。前者は「日本数学A-lympiadコンテスト」に、後者は「超然文学賞」に、それぞれ入賞することで、出願資格を得ることができます。どちらも本学が主催するコンテストで、数学的または文学的に特異な才能のある人を応援したいという気持ちで実施しています。実は、「超然」は四高時代に使われていたキーワードです。前身校の伝統を今に伝えられることは本学の誇りです。
先ほど触れたKUGS特別入試は、KUGS高大接続プログラムから派生した入試制度です。KUGS高大接続プログラムを受講し、課題レポート「大学での学び」と「高校での学び」の双方を評価し、基準を満たした場合に出願資格を与えます。さらに、グローバルサイエンスキャンパス(GSC)プログラムに参加し、研究活動を行い、基準のステージを修了した者にも出願資格を与えています。KUGS特別入試では志願者の能力・資質・意欲を多面的・総合的に評価します。
また、本学では石川県や金沢市と連携し、小中高生を対象に大学教員による特別セミナー等を開いています。その狙いは科学の面白さを早くから知ってもらうことです。
髙宮 「文系・理系一括入試」も貴学らしい試みですね。
和田 入試の時点で専門分野を特定せず、文系または理系という大枠で受験し、入学後1年間かけて進路を決めるシステムです。もちろん、医学類も進路として選択できます。自分の得意科目で受験できるので、大変人気があります。
髙宮 最後に、本誌読者へのメッセージをお願いします。
和田 私自身の思いがこもった「未来デザインプラクティス」という授業をご紹介します。「自分と未来は変えられる!」を合言葉に、未来をデザインして、さらに一歩踏み出すためのプロジェクトを実践する授業です。学長である私も参加します。
大切なのは「未来は自分で創る」と考え、実践することです。このプロジェクトを通して、多くの人との偶然の出会いがあることも貴重な体験になります。偶然の出会いが必然となる、そんな貴重な体験を数多くするためにも“他流試合”が必要です。皆さんがこれから経験する大学受験も、自分の未来をデザインする「未来デザインプラクティス」とも感じます。皆さんとの出会いを今から楽しみにしています。
■プロフィール
学長 和田 隆志さん
わだ たかし
●1988年金沢大学医学部医学科卒業。1992年金沢大学大学院医学研究科博士課程修了。1995年から1997年まで、米国ハーバード大学Brigham and Women病院で腎臓部門研究員を務める。2001年金沢大学医学部助手、2007年金沢大学大学院医学系研究科教授、2018年金沢大学医学類長・副学長、2020年国立大学法人金沢大学理事、2022年4月、国立大学法人金沢大学長。専門分野は内科学、腎臓内科学、臨床検査医学。大学以外では、2014年厚生労働省厚生科学審議会専門委員、2022年日本医療研究開発機構(AMED)プログラムスーパーバイザー、2023年厚生労働省厚生科学審議会委員・疾病対策部会長、文部科学省中央教育審議会大学分科会委員・大学院部会委員、国立大学協会理事などを歴任。
■金沢大学の紹介
伝統と先進性を併せ持つ4学域・20学類
幕末期の加賀藩彦三種痘所を起源に持つ金沢大学は、創立161年の歴史を有する総合大学です。かつては金沢城内にキャンパスがあったことでも知られています。
その最大の特長は、一般的な「学部学科制」ではなく、専門分野間の境界が緩やかな「学域学類制」を2008年に導入したこと。現在、以下の4学域・20学類を設置しています。
●融合学域……先導学類/観光デザイン学類/スマート創成科学類
●人間社会学域……人文学類/法学類/経済学類/学校教育学類/地域創造学類/国際学類
●理工学域……数物科学類/物質化学類/機械工学類/フロンティア工学類/電子情報通信学類/地球社会基盤学類/生命理工学類
●医薬保健学域……医学類/薬学類/医薬科学類/保健学類
文理融合型教育と体系的アントレプレナーシップ教育を特徴とする融合学域や、伝統ある医学類を中心に、全国から学生が集まります。
主なキャンパスは角間、宝町・鶴間の2キャンパスに分かれており、全体で東京ドーム55個分もの広さを誇ります。無料シャトルバスが運行されているなど、便利なキャンパスライフが送れます。
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