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大学歴訪録 #2 一橋大学

「社会科学の総合大学」として有為のビジネス人材を連綿と輩出

一橋大学は「社会科学の総合大学」として、日本の高等教育機関で独自の存在感を示し続けています。2020年9月に学長に就任したばかりの中野聡先生に、一橋大学の他に類を見ない強みや今後の抱負などについて、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がお話を伺いました。

“Captains of Industry” 産業界のリーダーを育む

髙宮 久しぶりに一橋大学のキャンパスにおじゃましましたが、風格あるれんが壁の建物が緑の中に点在していて、気持ちのいい空間だと改めて感じました。国立駅からここまで歩くだけで、優雅な散策気分に浸れます。

中野 ありがとうございます。神田からこの国立へのキャンパス移転が完了したのは1930年で、兼松講堂など最も歴史を刻んだ建物は築90年を超えます。特に西キャンパスは私が学生だった1980年代とほとんど変わっていません。2012年公開のアニメ映画『おおかみこどもの雨と雪』では、本学が物語の舞台の一つになっているのですが、本学を含めた街の雰囲気がよく捉えられていました。

本学には国立市と共に発展してきた歴史があります。国立大学なので全国区を目指していますが、一方で地元とのご縁も大切にしており、2013年に国立市と社会連携に関する協定を締結しています。また、サークル活動でも地域との交流が盛んに行われています。

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一橋大学学長 中野 聡 さん

髙宮 私が2000年当時、ペンシルベニア大学で大学経営について学んだときは、research、educationと並んでcommunity serviceが重要だとたたき込まれました。貴学では地域とのつながりも確立されているわけですね。

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SAPIX YOZEMI GROUP 髙宮 敏郎 共同代表

ところで、建学の理念は“Captains of Industry”ですね。

中野 本学の母体は、初代の文部大臣となる森有礼が1875年、私塾として銀座に設立した商法講習所です。当初から国際的に活躍する産業界のリーダーを育むという目標を掲げ、アメリカ人の教育家ホイットニーが英語で授業を行っていました。それが国益にもかなっていたため、後に国立大学となって発展してきたのです。その間、渋沢栄一など多くの財界人から支援を受けてきました。産業界とはもともと強固なつながりのある大学といえます。

“Captains of Industry”
イギリスの思想家で歴史家のトーマス・カーライル(1795〜1881)の著書『Past and Present』の中の一節。この言葉を建学の精神に掲げた森有礼は、騎士道精神を持ち、産業界のリーダーとして世界で活躍できる人材を養成することを第一義とした。

髙宮 今日では「社会科学の総合大学」という評価が定着しています。

中野 本学はコマース(商業)から出発したものの、国際的に活躍する人材には法律の知識や英語の運用能力、さらには人文的な広い教養も求められます。そこで、新制大学として学制が切り替わる際、商学部・経済学部・法学社会学部の3学部から成る社会科学の総合大学として出発することになりました。法学社会学部を法学部と社会学部に分離し、4学部としたのは1951年のことです。

一橋大学といえば「ゼミ」伝統ある少数精鋭教育


髙宮 一橋大学といえば「ゼミ」。少数精鋭教育で知られています。

中野 現在でこそ大規模な私立大学でもゼミナールがありますが、本学では100年以上前から、少人数の学生を対象にしたゼミを重視してきました。教員のほぼ全員がゼミを持っていて、一つのゼミを構成する学生数は平均7〜8人、多くても15〜20人程度です。

本学のゼミは3〜4年生合同で行われることもあります。その特徴は徹底的にディスカッションすること。また、ゼミ単位の合宿やイベントも多く、ゼミが一つのコミュニティーを形成しています。そうした時間を共有していくうちに、専門的な知識だけでなく、各教員が身に付けてきた広範な教養までもが自然と学生たちに移転していく。これが本学のゼミの大きな魅力です。

髙宮 中野先生はいつまでゼミを受け持たれていたのですか。

中野 今も社会学部・大学院社会学研究科の学生をゼミで教えています。新型コロナウイルス感染症の影響で、今年度春夏学期はオンラインでしかできませんでしたが、学生たちと対面で授業するのはやはり楽しいですね。

髙宮 学長自らゼミを持っていらっしゃる。さすがは「ゼミの一橋」です。

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卒業生のネットワークが海外留学を強力サポート

髙宮 卒業生のネットワークが強固であることも貴学ならでは。在校生が海外留学する際の費用を卒業生からの支援で賄うというのは、私学ならいざ知らず、国立大学では珍しいと思います。

中野 本学は規模があまり大きくないので、学生たちは学部の垣根を越えて、顔見知りになっていきます。教員と学生の距離も近く、対話を通して濃密な人間関係を築くケースが多いようです。そのためか、本学を卒業しても多様なコミュニティーを維持するケースが多く、「如水会」に代表される卒業生の組織化につながっていると思います。

如水会は100年以上の歴史を持つ、本学の教育・研究の発展をサポートしてくれている同窓会組織です。多額の寄付で本学を資金面から支えてくれているだけでなく、産学連携の上でも各界に広がっている人的ネットワークがかけがえのない無形の資産になっています。

如水会
同窓会組織かつ一橋大学の支援組織として、寄附講義や課外活動団体の国際交流助成などを通じて大学を支援している。如水会を中心とした卒業生ネットワークは一橋大学の大きな強みになっている。

本学では1987年に「一橋大学海外派遣留学制度」を開始し、如水会および明治産業人材育成支援会からの寄付により、これまでに1500人以上の学生を、1年間または半年間の交換留学に派遣してきました。本学と学生交流協定を締結している大学であれば、留学先大学の授業料は徴収されません。欧米の大学の大半は本学より授業料が高額なので、相手校の学生にとって本学に留学することにメリットがなければ、交流協定を結んでもらえません。幸い、これまで本学に留学した学生の多くが留学体験を高く評価しており、その信用の蓄積によって、今では海外の100以上の大学と協定を締結しています。

今年度はコロナ禍の影響を受けて停止していますが、例年は、これらの協定により受け入れる留学生および本学から送り出す学生は、ともに100人を超えます。なお、本学では、協定に基づき受け入れる交換留学生の他、多くの国費留学生や私費留学生が在籍しており、2020年5月1日現在の留学生の総数は、コロナ禍にもかかわらず、800人を超えています。

髙宮 学生が海外留学したくても、特にアメリカのトップ大学は授業料が高額なので経済的に難しい面があります。その点、大学や卒業生の団体が留学をサポートしてくれる貴学は、学生の皆さんにとって本当に頼れる母校だと思います。

ところで、海外からの留学生はどちらで生活しているのですか。

中野 多くは小平にある国際学生宿舎で暮らしています。この宿舎は日本人学生との混住が基本になっていて、本学以外に東京学芸大学、東京農工大学、電気通信大学の学生も生活しています。各フロアを担当するサポートメンバーは、広報班、イベント班などの班活動も行うレジデント・アシスタント(RA)と、留学生を含む6人のユニットの一員として暮らすコミュニティ・アシスタント(CA)を合わせて約70人。国内で濃密な異文化交流ができるため、サポートメンバーを希望する学生は多いですね。

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「指定国立大学法人」に指定 新たな学部を2023年度に新設予定

髙宮 中野先生のご専門は現代アメリカ史とフィリピン史ですね。今回のアメリカ大統領選挙はどうなるのでしょうか(※)。

※本インタビューは2020年10月20日に取材しました

中野 予想はしません。前回はアメリカを研究している同業者の95%が予想を外したので(笑)。

今回の選挙でも、トランプ氏の岩盤支持層は4割に上るといわれています。その4割の人たちについて、日本の研究者やメディアの多くはきちんと追い切れていません。特に若い人たちは何事も「好き」「嫌い」で判断しがちで、嫌いなものは一切見ようとしません。しかし、そうした振る舞いが社会をゆがめている可能性もあります。たとえ自分が共感できない現実であっても、そうなるからには必ず理由があるはず。そのバックグラウンドを検証し、明らかにしていくことが、人類の幸福や学術の発展につながります。私は歴史学者なので因果関係を中心に見ていきますが、経営学なら経営学の、心理学なら心理学のアプローチがある。複雑な変数の組み合わせである人間の営みを、そんなふうに少しずつ解明していくことが、社会科学や人文科学の面白さだと思います。

髙宮 中野先生は2020年9月に学長に就任なさいました。学長として、これからどんなことに取り組んでいかれますか。

中野 私は蓼沼宏一前学長の下で副学長を2年務めており、「指定国立大学法人」の指定を受けた経緯もよく知っています。そこで、この構想の実現に向けて、各方面とコミュニケーションを取りながら体制作りを進めていきます。これが最大の目標です。

また、国立大学にも産学連携が求められる中、本学初の文理横断的な学部としてソーシャル・データサイエンス学部(仮称)を、2023年度をめどに設置できるよう準備を進めています。

指定国立大学法人
世界のトップ大学に対抗できる国立大学を育成するため、2017年度に導入された枠組みのこと。国から指定されれば、研究成果を活用する事業者への出資などの特例が認められる。2020年11月現在、東北、東京、京都、東京工業、名古屋、大阪、一橋、筑波、東京医科歯科の9大学が指定を受けている。
ソーシャル・データサイエンス
AIによるビッグデータ解析では、データの相関関係は数学的に導き出せるものの、データの因果関係や実践的な活用法を検討するには社会科学的なアプローチも必要になる。そこで注目されているのが、社会科学的な視点からデータサイエンスを研究するための学問「ソーシャル・データサイエンス」である。一橋大学には、一橋大学経済研究所で長年にわたって集積してきた統計データと、経済学や会計学などの分野で取り組んできたデータ分析の経験、さらには産業技術総合研究所や東京工業大学との連携体制がある。これはソーシャル・データサイエンス学部(仮称)を新設するには最適の環境で、ソーシャル・データサイエンス教育研究推進センターを設立するなど、設置のための準備を着々と進めている。

中野 本学の原点であるビジネス分野での人材育成についても、一層注力していきたいですね。ヨーロッパには、理系学部を持たなくても、ビジネス・スクールとして高い評価を得ている、本学とよく似た社会科学系大学がいくつもあります。最終的にはロンドン・スクール・オブ・エコノミクスなどを目標にしながら、ビジネス・スクールや専門職大学院のさらなる拡充を視野に入れて検討を続けていく方針です。

髙宮 最後に、受験生にメッセージをお願いします。

中野 受験生の皆さんは現在、さまざまな困難や将来に対する不安を抱えていることと思いますが、全ての学びが必ずや皆さんの未来に向けた大きな糧となることを信じて頑張ってください。私たち一橋大学は、安心して学び育つ環境の確保に万全を期しつつ、皆さんの期待に応えられるだけのカリキュラムとキャンパスを用意してお待ちしています。

髙宮 本日はお忙しい中、ありがとうございました。

■プロフィール

一橋大学学長 中野 聡 さん
一橋大学法学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位修得退学。社会学博士(一橋大学)。神戸大学国際文化学部助教授、一橋大学社会学部助教授を経て、2003年から一橋大学大学院社会学研究科教授。その後、一橋大学大学院社会学研究科長・社会学部長、一橋大学副学長を経て、2020年9月に学長に就任。専門は現代アメリカ史、フィリピン史。2008年、『歴史経験としてのアメリカ帝国―米比関係史の群像』(岩波書店)で大平正芳記念賞を受賞。


■一橋大学の紹介

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緑豊かなキャンパスと就職率の高さも魅力
母体である森有礼の私塾・商法講習所は、創設翌年の1876年に東京府立に、1885年には文部省の直轄になり、東京外国語学校と合併して神田一ツ橋に移転。1902年に東京高等商業学校に改称し、1920年に東京商科大学に。現在の国立市への移転が完了したのは1930年。緑豊かなキャンパスには53種もの野鳥の生息が確認されています。
附属図書館の歴史も古く、1926年に設置されました。現時点で204万冊の図書、約1万7100タイトルの雑誌、約70種のデータベース、約2万5000タイトルの電子ジャーナルを利用できます。
大学院教育も充実しています。一般的な修士課程・博士課程では、研究・教育機関の中核を担う研究者や大学教員に加え、ジャーナリズム、国際機関など多様な場で活躍できる人材を輩出。専門職学位課程では法科大学院、MBA、国際・公共政策大学院が設置されています。
ビジネス人材の育成を目的に設立された歴史を持つだけに、就職率はハイレベルで、2020年3月卒業生の内定率は97・3%。内定先も大企業、有力企業がほとんどで、産業界からの期待度の高さがよく分かります。

■一橋大学よりお知らせ

一橋大学では、高校生・受験生向けサイトを開設しています。サイト内には、一橋大学の特色からキャンパスライフ、授業の概要・留学制度や研究室訪問、教員による母校訪問といったコンテンツを紹介しています。一橋大学に興味のある高校生、受験を考えている受験生の方はぜひアクセスを!

■Y-SAPIXよりお知らせ

この記事は2021年2月22日に刊行された『Y-SAPIX JOURNAL』2021年3・4月号に掲載された記事のWeb版です。
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今回の「大学歴訪録 一橋大学」のWeb版未収録部分の他、大学入学共通テストの分析などを掲載した『Y-SAPIX JOURNAL』を配布中です。
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