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大学歴訪録#13 東京外国語大学

言語と国・地域の学びに特化した
日本唯一の国立外国語大学


東京外国語大学は日本に1校しか存在しない国立の外国語大学です。およそ150年の歴史を持ち、明治維新以降、海外で活躍する多くの人材を輩出しています。2019年4月から学長を務めている林佳世子先生に、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がお話を伺いました。

大学名の英語表記に
込められた意味とは


髙宮 貴学の英語表記は、Tokyo University of Foreign Studiesです。Foreingn LanguageではなくForeingn Studies。これにはどんな理由があるのでしょうか。

林 日本語では「外国語大学」ですが、英語名は「外国研究大学」だという点ですね。本学が建学されたのは1873(明治6)年ですが、当初から外国研究の高等教育機関でした。というのも、明治維新で近代化が始まった当時、英語を学ぶことはイギリスやアメリカについて学ぶこと、フランス語を学ぶことはフランスについて学ぶことだったからです。


東京外国語大学 学長 林佳世子先生


髙宮 単なる語学学校ではない、と。外国語を学ぶことは政治、産業、歴史、文化など、その国について総合的に学ぶことなのですね。

SAPIX YOZEMI GROUP 髙宮 敏郎 共同代表

林 そもそも人がなぜ外国語を学ぶのかといえば、単に教養を深めたいからではなく、実際にその国に出向いて交渉なり商売なりをしたかったからです。言葉だけ分かっていても、その国の文化や風習、商慣習などを知らなければ、現地では何もできません。ですから、例えばフランス語を学ぼうと思ったら、フランスとはどんな国なのか、まずそこから理解しなければいけなかったのです。

髙宮 今とはだいぶ違いますね。

林 おっしゃる通りです。現在なら多くの日本人はフランスがどんな国なのかある程度知っていますが、フランス語が話せるとは限らない。一方、明治時代の人はたとえフランス語ができたとしても、フランスという国を知らなかったでしょう。だからこそ、学校がその地域についての広範な知識を教えることが必要だったのです。

「外国語大学」は、東アジア地域で広く見られるタイプの大学ですが、どこも語学だけでなく地域研究も教えています。本学の場合、「大学としての実態と合わないので大学名を変更しよう」という議論が昔からありました。しかし、長く守り続けてきた名称であるだけに、そう簡単な話ではありません。

AI全盛の時代でも
語学学習の意義は不変


髙宮 『トップガン マーヴェリック』という映画に、気になる場面がありました。「現代の戦争では戦闘機同士の空中戦はまず行われないのに、その訓練のために多額の予算をつけるのは無駄だ」と主張する人物がいたのです。

こうした議論は現代の教育にも通じるなと思いました。例えば、今はあらゆる分野でAIが急速に普及していて、自動翻訳システムも一部実用化されています。貴学は語学教育の“トップガン”といえると思いますが、林先生はAIによる自動翻訳をどのようにご覧になっていますか。

林 私は逆に皆さんに問いたいですね。自動翻訳システムが社会のあらゆる場面で使われるようになった時、皆さんは母語しかしゃべらないのでしょうか、と。

日本人は日本語しか、中国人は中国語しか理解せず、両者をつなぐのはAIだけ。そんな世界を想像するとぞっとします。外国語を話す人、外国語を理解する人が1人もいなくなったら、国と国との分断が世界のあちこちで起きてしまうでしょう。

外国語を学ぶ行為は、その国の人々と同じ立場、目線で考えられるようになること、よって立つもう一つの足場を持つことだと思います。だから、語学学習には意味がある。本学の学生はそうした考え方が自然と理解できているような気がします。


世界各国から収集された書物の宝庫・附属図書館

髙宮 世界には数多くの言語がありますが、やはり、英語や中国語など話者人口の多い言語が重視される傾向がありますね。そうしたことについてはどのように感じていらっしゃいますか。

林 本学では現在、28の専攻言語(日本語を含む)を学ぶことができます。投入できる教育資源は限られているので、世界の全ての言語を扱えるわけではなく、歴史的に日本とある程度関係のあった国の言語が選ばれています。

たとえば、ビルマ語(ミャンマー語)などは日本で学ぶ機会の少ない言語といえるかと思います。日本では本学と大阪大学外国語学部でしか扱っていません。

しかし、少数派だからといって、扱いをやめてもいいという話にはならないでしょう。1度やめたら、それまでに積み重ねてきた地域研究の長い歴史も一瞬で途絶えてしまう。もし、日本にビルマ語の分かる人が少なくなってしまったら、今日のミャンマー情勢を日本で把握し、正しく対応するのが難しくなります。

実態は5年制大学?
多くが長期留学を経験


髙宮 私は大学について調べる際、さまざまなデータをチェックします。例えば、大学を4年間で卒業する学生の比率ですが……。

林 本学は最下位に近い方ですね(笑)。

髙宮 はい(笑)。

林 本学では学生の約65%が1年以上の長期留学を経験しています。つまり、約65%の学生が卒業まで5年以上かかるわけです。交換留学の場合、4年で卒業できなくはないのですが、4年生の夏に帰国しても就活はほぼ終わっているので、実際には1年留年するケースが多いようです。

長期留学が当たり前になっている以上、本学が事実上の5年制大学になっているのは誇りに思うべきかもしれません。なお、本学ではオンライン留学を「留学」とは見なしていません。ただし、オンラインによる海外大学との国際共同教育には積極的に取り組んでいます。

髙宮 ここ2年間のコロナ禍の影響はいかがでしたか。

林 1年目は、留学中の学生はほぼ全員が帰国を余儀なくされ、新規の留学生はゼロ。2年目も、派遣留学は再開したものの、留学生の受け入れはゼロでした。留学を予定していた学生たちは、かわいそうとしか言いようがありません。ただ、学生たちもいろいろ考えているようで、ここ2年間は大学院に進学する者が増えました。学生の間に留学を経験しておきたいのでしょう。

一方、コロナ禍でオンラインの環境整備が進んだという側面もあるため、今後は共同教育の一環で、海外の先生に講義をお願いする機会も増えてくると思います。

髙宮 オンラインの環境がどれだけ整備されても、海外留学の意義は変わらないのでしょうね。
林 もちろんです。オンラインで対話するのと、実際に現地に出向いて現地の人たちと寝食を共にするのとでは、経験の重さが圧倒的に異なります。


英語学習支援センターでの英語学習のサポート風景。共通言語としての英語の能力を高めます


150年の歴史の中で
変遷する学生像


髙宮 貴学は2023年に建学150周年を迎えられます。一口に150年といっても、その歴史はやはり長いですね。

林 本学の歴史はおおよそ三つの時期に分けられると考えています。

第1期は建学の1873年から終戦の1945年頃までで、第2期は戦後から高度成長期を経てバブルが崩壊する1990年代前半まで。そして、バブル崩壊以降が第3期です。これら三つの時期を比較すると、本学の学生像も見事に入れ替わっています。

髙宮 それは興味深いですね。

林 第1期は日本が近代化に向けて富国強兵・殖産興業に注力した時代。大志を抱いた本学の卒業生が外交や貿易の分野で活躍しました。日本の企業戦士が世界を席捲したのが第2期で、重厚長大といわれた鉄鋼・造船・電機製品の輸出入やプラント建設などにかかわる商社マンに本学出身者が目立ちました。第3期は現在のダイバーシティーの時代です。経済がグローバル化し、社会が多文化化する中、日本でも多くの女性が社会に進出し、価値観が大きく転換しました。実は、本学の学生も第2期には2対1で男子の方が多かったのですが、第3期以降は比率が逆転。1対2で女子学生の方が多くなり、その傾向は今も続いています。

髙宮 社会の変化を見れば、外国人はすでに特別な存在ではなくなっています。一昔前、プロ野球では外国人選手を「助っ人」と呼んで重用しましたが、サッカーやラグビーでは最初から日本人と外国人を区別していません。

林 今はコンビニでも外国語を普通に耳にするし、若い人たちは外国人も外国語も当たり前に身の回りにあるものと感じているのでしょう。大学で学んだ言語や文化についての知識を生かす場所は、国内のいろいろな所に広がっています。

言語学習は“住めば都”
三つの学部で学びを


髙宮 先ほどオンラインによる海外大学との連携のお話がありましたが、国内の複数の大学とも協力関係を築いていますね。最近では東京農工大学、電気通信大学との連携が話題になりました。

林 本学は3学部を擁していますが、基本的には単科大学であり、学生たちに教えられることには限界があります。そこで、他大学と授業を共有するなど、何らかの協定を結びたいと考えていました。両大学とも本学の府中キャンパスと自転車で行き来できる距離にあり、それぞれ単科大学的な大学ですから、大学院教育での連携にはお互いにメリットがあると判断しました。

髙宮 貴学は20年以上前から「四大学連合」というグループも組織していますね。東京医科歯科大学、東京工業大学、一橋大学と、こちらもそうそうたる顔触れです。

林 「四大学連合憲章」を締結したのは2001年ですが、各大学の教員が集まって研究会を催したり、学生同士で読書会を開いたりと、特にここ数年、交流が活発化しています。専門分野の異なる大学同士が連携することで、学生たちにも新たな学びが提供できると考えています。

多摩地域にある東京外国語大、東京農工大、電気通信大は2017年に基本協定を結び、教育や研究に関する連携を進めてきた。2019年には各大学共通の大学院博士課程「共同サステイナビリティ研究専攻」を開設。2022年には「西東京三大学共同サステイナビリティ国際社会実装研究機構」を立ち上げた。今後はさまざまな社会課題に対する政策提言なども行っていくという。
一方、四大学連合には「複合領域コース」という特別履修プログラムが設けられており、希望する学生は願書の提出と審査を経て、他大学の講義を履修することができる。

髙宮 一つお尋ねしたいことがあります。貴学の入学志望者は、ある言語を学びたくて受験するのか、あるいは貴学に入学したいという志望が先にあって、受験する専攻言語を選択するのか。いかがでしょうか。

林 どちらのパターンもあります。言語学習は結局“住めば都”。なかにはチェコ語やポーランド語のようにルールがたくさんあって学習が大変な言語もありますが、基本的には「えいやっ」で専攻言語を選んでも、住めば都で、何とかなるものです。

髙宮 貴学には学部が三つありますが、受験生はどのように選べばよいのでしょうか。

林 言葉や文化に興味があるのであれば、言語文化学部が選択できます。国際問題について社会科学的に学びたければ、国際社会学部。留学生と一緒に、日本のことを英語で改めて学びたければ国際日本学部がいいでしょう。

髙宮 最後に、読者の皆さんにメッセージをいただけますか。

林 言語を勉強することは人間を勉強することでもあります。人と話したい、人を理解したい、人の作った社会について学びたい……。そんな人にはとても居心地のいい、勉強のしがいのある大学だと思います。「人に興味がある」という方にぜひチャレンジしてほしいですね。

■プロフィール
学長 林 佳世子さん
はやし かよこ
●1981年お茶の水女子大学文教育学部史学科卒業。1984年お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1984年文部省アジア諸国等派遣留学生イスタンブル大学留学。1988年東京大学大学院人文科学研究科博士課程(東洋史学専攻)退学。同年東京大学東洋文化研究所助手。1993年東京外国語大学外国語学部講師。1996年同助教授。2005年同教授。2013年東京外国語大学副学長。2019年東京外国語大学長。専門は西アジア社会史、オスマン朝史。一般社団法人国立大学協会副会長。著書に『オスマン帝国の時代』(山川出版社)、『興亡の世界史(10)オスマン帝国500年の平和』(講談社)。共編著に『イスラーム 書物の歴史』(名古屋大学出版会)、『岩波講座 世界歴史』(岩波書店)などがある。

■東京外国語大学の紹介

キューブ状のオブジェ「タフモニュ」から続く、キャンパスのメイン・ストリー

東京外国語大学の略称は東京外大、外語大、外大など複数ありますが、英語ではTUFS(Tokyo University of Foreign Studiesの頭文字を取ったもの)と呼ばれます。

言語文化学部、国際社会学部、国際日本学部という構成になっており、主専攻語は以下の28言語(15地域)を数えます。

英語、ドイツ語、ポーランド語、チェコ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、ウズベク語、モンゴル語、日本語、中国語、朝鮮語、インドネシア語、マレーシア語、フィリピン語、タイ語、ラオス語、ベトナム語、カンボジア語、ビルマ語、ウルドゥー語、ヒンディー語、ベンガル語、アラビア語、ペルシア語、トルコ語。これら以外にも53言語、計81言語を学ぶことができます。

TUFSクォーター制という4学期制を導入しており、世界77カ国・地域から来た591人の留学生も一緒に学んでいます。

メインキャンパスの府中キャンパスは開放的で、いわゆる「門」が存在しないため、誰でも自由に出入りできるようになっています。


開放的なキャンパス。春には学生が集う円形広場の桜が満開に

この記事は2022年12月21日刊行『Y-SAPIX JOURNAL』2023年1・2月号に掲載された記事のWeb版です。

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