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大学歴訪録 #1 国際基督教大学(ICU)

―批判的思考· 対話·多様性をキーワードに リベラルアーツを追究する無二の大学

日本初のリベラルアーツ・カレッジで、「ICU」として広く認知されている国際基督教大学。2020年4月、学長に就任した岩切正一郎先生に、 SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表が、ICUの教育理念や魅力について、じっくりお話を伺いました。

明るく、自己肯定感が高いそんな学生がICUの財産

髙宮 岩切先生は2020年4月、ICUの学長に就任なさいました。新型コロナウイルス感染症の影響で、教育の方法などを変えざるを得なかった部分もあると思いますが、今も変わらぬICUの教育の特徴とはどんなものでしょうか。

岩切 私は1996年にICUに着任しました。今日までの大きな変化といえば、2008年から「メジャー制」を導入したことでしょう。それまでの教養学部6学科制をアーツ・サイエンス1学科に改組し、2008年以降は新入生を教養学部で一括して受け入れ、専攻は入学後に自ら決めるシステムに変えました。

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国際基督教大学学長 岩切 正一郎 さん

髙宮 貴学のメジャー制は東京大学のLate Specialization、まずは幅広く学んでから専門性を深めるという方法を一層発展させた形ですね。岩切先生は当初、ICUにどんなイメージをお持ちでしたか。

岩切 ICUの学生は、私がそれまで知っていた他の大学の学生たちとは雰囲気が明らかに違っていました。みんなとても明るい上、日本の学生には珍しく、自己肯定感が高い。これがICUの最も誇るべきところだと思います。

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SAPIX YOZEMI GROUP 髙宮 敏郎 共同代表

髙宮 貴学には大学院もありますね。

岩切 大学院も2010年、四つあった研究科を一つに統合しました。大学院での「研究」はもちろん大切ですが、それ以上に大学での「教育」を重視しているのがICUの大きな特徴です。他の大学では、教員は基本的に大学院に所属し、「研究の合間に大学で教える」というスタイルですが、ICUの教員はあくまで学部に所属し、大学生への教育を本義としています。高校と大学では教育内容に大きなギャップがあるため、その段差をしっかり乗り越えられるよう、教員は学生を全力でサポートします。

髙宮 ICUは学生寮が充実していることでも知られていますね。

岩切 はい。キャンパス内に10の学生寮があり、全学生の3分の1に当たる約900人が生活しています。ICUでは学生寮を「リベラルアーツを学び、実践する教育の場」と位置付けており、学生たちは共同生活を通じて、多様性や対話の重要性などを学んでいきます。もちろん、自宅から通学している学生もいれば、アパートを借りて住んでいる学生も大勢います。

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東京都三鷹市にある東京ドーム約13個分の緑豊かなキャンパス内には10の学生寮があり、全学生の3分の1に当たる約900 名が共同生活を送っています

自分の学びを自ら決めるICUのリベラルアーツ

髙宮 ICUはいわゆるリベラルアーツ・カレッジとして広く知られています。ICUのリベラルアーツとはどのようなものなのでしょうか。

岩切 リベラルは「自由」、アーツは「学術」です。リベラルの意味は時代とともに変化しますが、基本的には「自由に学術を探究し、自分を自由にすること」と捉えていいでしょう。本学が2008年から「メジャー制」を導入したのも、リベラルアーツをさらに徹底させるためでした。先ほど東京大学の話が出ましたが、東京大学では2年次まで教養学部で学び、3年次から専門に分かれます。ICUでは1年次から4年次まで教養学部アーツ・サイエンス学科に所属し、2年次の終わりに「メジャー」という自分の専修分野を選択します。この点が本学のメジャー制の特徴です。

ICUのメジャー制
人文科学・社会科学・自然科学を広くカバーした31の専修分野から自分の専門を選択するシステム。一つの分野を履修する「メジャー」、二つを修める「ダブルメジャー」、二つの分野の比率を変えて履修する「メジャー、マイナー」という三つの選択パターンがある。加えて、メジャーを決めた後も他のメジャーの授業を自由に履修することが可能。

髙宮 すべての専門科目を「教養」という大きな枠組みで捉えている点がICUのリベラルアーツなのですね。

岩切 はい。本学のリベラルアーツには「自分が学びたいことを自ら決定する」という自由があります。これは大学教育にとって極めて重要なことだと考えています。一般的な大学では学部・学科を決めて受験しますが、その際は高校での学びをベースに選択せざるを得ません。しかし、先ほど述べたとおり、高校と大学とでは学ぶ内容に大きな乖離があります。例えば、世界史が好きな生徒は歴史学科に進めばいい、という単純な話にはなりません。興味の方向性によっては国際関係学科が向いているかもしれないし、政治学、文化人類学、比較文化学を学ぶほうがしっくりくるかもしれない。入学後に「ちょっと違うかも」と感じるケースも珍しくないでしょう。その点、ICUでは1、2年生のうちに興味のある分野を広く履修できるので、学びを深めたいメジャーをじっくり比較·検討することができます。

髙宮 そうした自由な選択には、重い自己責任を伴うのでしょうね。

岩切 おっしゃるとおりです。学生にとってメジャー制は、必ずしもバラ色のシステムとは限りません。「自由に決めていい」と言われると、人は迷い、思い悩みます。自分で自らの進路を決めるのは重いもの。だからこそ、このプロセスは人を成長させます。周囲の学友たちも条件は同じですから、みんなで悩み、話し合い、先生とも相談しながら、最後は自分自身で決断する。この経験は、その後の人生で何かの決断に迫られたとき、必ず役に立ちます。

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「実験付き自然科学入門」の授業風景。理系メジャーを専門的に学ぶこともできます

入試の「総合教養」こそICUのリベラルアーツを体現

髙宮 ICUは入学者選抜も独創的ですね。「総合教養(ATLAS)」という試験は他に類を見ません。

岩切 本学の入試対策に知識の詰め込みは必要ありません。大切なのはICUで行われる講義をきちんと理解できる、総合的な力を持っていること。「総合教養(ATLAS)」はその総合力を測る試験になっています。

総合教養(ATLAS)の試験の流れ
まず、冒頭の約15分間、日本語による短い講義を聴く。メモを取るのは可。次の約65分間で、講義内容に関する合計40問程度の設問に答える。設問は学際的なものと、人文科学·社会科学·自然科学に関連したものとがある。ATLASAptitude Test for Liberal ArtSの略で、実はICUのリベラルアーツ教育が体験できる試験でもある。

岩切 私が東京大学を受験した当時、入試は1次、2次試験に分かれていて、1次試験は他の多くの大学と同様、どちらかというと暗記型でした。私は暗記型が苦手で、2次が得意な論述型でなかったら、試験に受かっていなかったかもしれません。そんな個人的な思いもあって、知識詰め込み式の暗記型試験にはずっと懐疑的でした。手前みそになりますが、総合教養はいかにもICUらしい、よくできた試験だと思います。

「昔は良かった」というつもりはありませんが、私たちの社会は以前に比べてずいぶん狭量になってしまいました。以前は多様なものに対して、もっと寛容だったような気がします。

髙宮 昨今の学術会議の問題にしても、多様な意見を認めないというか、アカデミクスに対する社会のリスペクトがずいぶん薄れてしまったように思われます。それだけに、貴学の公式サイトに掲載された、岩切先生の「日本学術会議の会員任命拒否について—学長の見解」を興味深く拝読しました。特に最後の、「Scienceとは何か」について書かれたパラグラフを多くの高校生に読んでほしいと思いました。

Science、つまり、知る(scio​)ことの営みである学術は、批判的精神と対話と多様性によって成立している。その批判的精神を許容せず、対話や説明を拒否し、任命権をちらつかせて単一の同質性へと思考を押しひしいでゆくふるまいを、我々は受け入れることも看過することもできない。こうしたふるまいは、それに慣れていくうちに、国民精神から健やかさを奪い、すさんだ無気力へと心を沈湎(ちんめん)させていく不幸を生じさせることになりかねないので、一層そうである。

髙宮 Scienceというと理工系の学問をイメージしがちですが、人文科学や社会科学を含め、本来は学問全体を指す言葉ですね。

岩切 Scienceの語源は「知る」という意味のラテン語scio(スキオー)です。何かを「知る」以上、それが真実でなければ意味はない。そこで、それは本当か?と疑う「批判的思考」が必要で、それも独り善がりではなく、多くの人々との「対話」を通して、「多様性」を受け入れながら真実に近づいていかなければなりません。効率重視の現代社会では、学問は一見無駄に見えることもありますが、コロナ禍のような危機に直面したときこそ、その重要性が再認識されるはずです。

学問・キリスト教・国際性 ICUが果たすべき三つの使命

髙宮 岩切先生はICUの学長に就任して早々、授業のオンライン化など難しいコロナ対応に迫られました。その際、どんなことに留意したのでしょうか。

岩切 ICUには果たすべき3つの使命があります。それらを実現するには先ほどの批判的思考、対話、多様性の三つを重視した教育が実践されなければなりません。コロナ禍で通常授業がオンライン授業に切り替わっても、この三つの要件は死守すべきだと考えました。

ICUの3つの使命
ICUが創立された目的は、次の三つの使命を果たすことにある。
学問への使命 真理を探究し、学問的自由を守る。
キリスト教への使命 キリスト教精神によって立ち、人間存在のあらゆる問題を探究する。
国際性への使命 国家の枠にとらわれずに国際性を実現し、世界の問題を自己の問題と捉える。

髙宮 「アップロードした資料を読んでおいて」といった、一方通行の授業はNG、というわけですね。

岩切 オンライン授業には、教員と学生が1対1で正対できるというメリットもあります。しかし、そうやって受ける授業は、目と耳で受け取る「情報」にすぎません。それに対し、このキャンパスで行われる対面授業では、目と耳で情報を受け取るだけでなく、注ぐ光、吹き来る風、友との語らいなど、五感をフルに使った「体験」ができます。それは人生の一瞬にしか味わえない貴重な知的体験です。だからこそ、本学としては可能な限り対面授業を実践していきたいと考えています。

髙宮 ICUの学長として、今後の抱負をお聞かせください。

岩切 21世紀を生きる私たちに求められるのは、地球規模の広い視野を持ち、すべての人類が共生するために、環境問題をはじめとするSDGs(※1)を実現していくこと。本学もその目標に向け、人材育成の面で貢献していきたいですね。ICUでは日英バイリンガルが当たり前の素養になっているので、学生には日英以外の言語をもう一つ、フランス語でもアラビア語でもいいからぜひ習得してほしい。言語はその国の文化と深く結び付いています。多言語を習得し、世界の多様性をより深く理解してほしいと願っています。

※1 国連が2015年に定めた2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標のこと

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学生たちは自らの目的に応じてさまざまな海外プログラムに参加し、それぞれの学びを深めます

髙宮 最後に、読者へのメッセージをお願いします。

岩切 皆さんが大学で過ごす4年間はこれからの人生の礎となる大事な時間。その4年間をICUで過ごせば、きっと喜びにあふれる時間になるはずです。将来何をやりたいか見つかっていない人、あるいはやりたいことが多すぎて迷っている人は、人生の目標を定めに、どうかICUを選んでください。

髙宮 本日は貴重なお話をありがとうございました。

■プロフィール

国際基督教大学学長 岩切 正一郎 さん
東京大学文学部フランス語フランス文学専修卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。文学修士(東京大学)。パリ第7大学留学、東京大学助手を経て、1996年に助教授としてICUに着任。その後、教養学部副部長、アドミッションズ・センター長、教養学部長を経て2020年4月に学長就任。専門はフランス近・現代詩。戯曲翻訳を数多く手がけ、蜷川幸雄演出作品『ひばり』『カリギュラ』の翻訳で、第15回湯浅芳子賞受賞。

■国際基督教大学(ICU)の紹介

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日英バイリンガルで行うICUのリベラルアーツ
国際基督教大学(ICU)は第二次世界大戦後、戦争への反省と平和への祈りに支えられ、日本初の4年制リベラルアーツ・カレッジとして1953年に献学されました。
1学部1学科制をとり、学生は全員「教養学部アーツ・サイエンス学科」に入学します。学生たちは入学後、文理にわたる31のメジャー(専修分野)から自身の興味・関心に応じた学びを深めていきます。
教員1名当たりの学生数は約19名で、授業はディスカッションやプレゼンテーションなどの「対話」を中心に行われます。授業は日英両語で開講されており、主に日本語を母語とする学生は全員、1~2年次にかけて「リベラルアーツ英語プログラム(ELA)」を履修し、英語運用能力と批判的思考を養います。
留学制度も充実しており、25カ国・地域の75大学と交換留学協定を結んでいる他、海外英語研修や、現地のNGOなどでボランティア活動を行うサービスラーニングなど、さまざまなプログラムが整備されています。世界に門戸を開く大学として、年に2回、入学と卒業の機会を設けているのも特徴の一つです。

■ICUよりお知らせ

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ICUでは、ICU 生と直接話せる「オンライン・リベラルアーツ・ラウンジ」(毎月末開催)や、事前予約制の「キャンパス・ビジット・デイ」、オンライン進学相談会や大学説明会など、さまざまなイベントを開催しています。開催情報や申し込み方法について知りたいときはICU のウェブサイトにアクセスを。

■Y-SAPIXよりお知らせ

この記事は2020年12月21日に刊行された『Y-SAPIX JOURNAL』2021年1・2月号に掲載された記事のWeb版です。
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