大学歴訪録#19 東京医科歯科大学
2024年、科学技術立国日本の
最高峰を目指す「東京科学大学」へ
国立の医療系総合大学として唯一無二の存在感を示す東京医科歯科大学は、2024年10月に東京工業大学と統合します。2020年に学長に就任し、今回の統合をリードした田中雄二郎先生に、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がお話を伺いました。
新型コロナウイルスに
全学で立ち向かった
髙宮 新型コロナウイルス感染症と人類との戦いが始まってもうじき丸4年になります。私は田中先生が2023年4月に貴学の新入生に向けて発したメッセージに大変感銘を受けました。
髙宮 あのメッセージには田中先生のどのような思いが込められていたのでしょうか。
田中 新型コロナウイルスという未知のウイルスの感染爆発が起こったとき、私たちの社会には大きな不安と動揺が広がりました。あのとき真っ先に考えたのは、私たちこそが新型コロナウイルスと戦う最前線に立たなければならないということです。その思いの裏には国立の医療系総合大学としての強い使命感がありました。
それに加え、本学の学生の存在も頭をよぎりました。本学は基本理念として「知と癒しの匠を創造し、人々の幸福に貢献する」を掲げています。いつの日か新型コロナウイルスが収束したとき、「あの理念は看板倒れだったね」と指摘されたら、学生に合わせる顔がない。だから、今こそその理念を実践すべきだと考えました。もちろん、職員の生命を危険にさらすリスクも考慮しましたが、私たちが新型コロナウイルスに正面から立ち向かうことを決断できたのは、学生という存在が背中を押してくれたからだともいえます。
髙宮 メッセージの「力を合わせて患者さんと仲間たちをコロナから守る」にはそんな意味が込められていたのですね。「試行錯誤を大切に」はいかがですか。
田中 新型コロナウイルスは未知のウイルスでしたから、治療法や予防法についての正解はまだありませんでした。つまり、正解に向かって試行錯誤するしかないわけです。
日本でパンデミックが発生した2020年当時、私は本学の医療担当理事で、4月からの学長就任も決まっていました。そこで、直ちに新型コロナウイルスの患者さんの受け入れ準備を始めたのですが、患者さんの動線をどうするか、通常診療とどうすみ分けするかなど、何事にも完璧を期そうとすると正解がなかなか見つからず、その段階で作業が止まってしまっていたんです。それではいつまでたっても先に進まないので、「ミスがあっても私が責任を取る。とにかくやってみよう!」と現場に声をかけ続けました。
髙宮 「責めるより応援しよう」も含蓄のある言葉ですね。
田中 新型コロナウイルス対策に正解がない以上、部署ごとに考えた対策は“部分最適解”でしかありません。しかも、それぞれの置かれた立場によって、個々の部分最適解が相いれないこともあります。そうなると現場の空気は一気に悪くなりますが、非難し合っても何も生まれないので、「責めるより応援しよう」と繰り返し言いました。そのかいあって新型コロナウイルスへの対応はおおむねうまくいきました。
体力を強化するため
東京工業大学と統合へ
髙宮 貴学をめぐる近年最大の話題といえば、東京工業大学との統合です。この件はどのような経緯から持ち上がったのでしょうか。
田中 新型コロナウイルスへの対応が一つのきっかけになりました。
先の新入生へのメッセージでも触れましたが、本学は診療機関であると同時に教育機関であり、研究機関でもあります。「今日の医療」だけでなく、「明日の医療」をも担う使命があるわけです。ところが、新型コロナウイルス対応では今日の医療を実践するのに精いっぱいで、明日につながる研究が十分ではありませんでした。今日と明日、両方の医療を担うには大学としての“体力”が足りなかったのです。
そこから他大学との統合という発想が生まれました。研究面を考えるなら医工連携が望ましい。そこで、以前からご縁のある東京工業大学が統合相手として浮上しました。東京工業大学なら規模の点でもレベルの点でも申し分ない上、広々としたキャンパスも魅力です。本学の学生にも、ぜひあんなキャンパスで学ばせたいと思い、話を持ちかけました。
髙宮 統合後の名称は「東京科学大学」にすると発表されました。
田中 将来的には人文社会科学系大学との統合もあるかもしれません。新たな大学名にはそういう含みも持たせています。
髙宮 現時点での学内の反応はいかがですか。
田中 2023年6月に学生と教職員を対象に行ったアンケートでは、3分の2が統合に期待していると回答しています。絶対反対はわずか数%と、統合に期待する学生・教職員が多いようです。
統合による多様な
シナジー効果に期待
髙宮 貴学の志望者はどのような点に注意すればよいのでしょうか。
田中 東京工業大学との統合は2024年秋を見込んでいるので、現在の高3生は東京医科歯科大学の学生として入学します。カリキュラムも現行のままですが、東京工業大学との交流行事が徐々に増えていきます。大学院への進学を考えるのであれば、そのときは医学・歯学だけでなく、広く理工系にも選択肢が広がっているはずです。
次に、現高2生は東京科学大学の1期生として入学することになります。ただし、カリキュラムは2028年3月まで変更されないので、現行の本学に近い形で学びながら、少しずつ東京工業大学の学びも取り入れることになるでしょう。クラブ活動を含め、学生間の交流は年々活発化し、今よりもっと良い教育が受けられるようになります。
髙宮 東京科学大学のカリキュラムが本格始動するのは2028年4月からですね。
田中 現在の中2生以下がその対象です。そのときには科学技術立国日本の最高峰を目指す大学になっているので、科学全般に興味があるなら、オープンキャンパスなどの機会を利用してぜひ見学に来てください。
髙宮 統合によって学生一人一人の可能性が大きく広がりそうです。
田中 先日、本学と東京工業大学で学生同士が話し合う機会を設けましたが、互いに良い刺激を受けたようです。東京工業大学の学生には「新たな技術で世界を変えよう」という意識がありますが、本学の学生には「良い医者になろう」という思いはあるものの、世界を変えようとまでの気概を持つ人は少ない。逆に、本学の学生は「人」や「職業」に対する明確な視点を持っていますが、東京工業大学の学生には「人」という視点があまりないように思います。両者の交流が進めば、科学の世界は大きく変わっていくはずです。
髙宮 同じ理系でも思考回路は随分違いますね。
田中 東京工業大学のキャンパスを訪ねて驚いたのは、2200年までの目標を掲げた年表が張ってあったことです。私たち医学者は目の前の患者さんに集中しますから、そこまでの発想はありません。東京工業大学は未来に目標を設定してそこから逆算するバックキャスティングの手法で世界を見る一方、私たちは現在の延長線上に未来を描くフォアキャスティングの手法を取っているといえます。
違いはまだあります。医学では必要なものを研究・開発する「ニーズドリブン」の考え方が主流ですが、理工学ではまず技術やモノを開発し、それが何に使えるかを模索する「シーズドリブン」の考え方が主流になっていることです。
学生についていえば、東京工業大学は1学年1000人ですが、本学は1学年300人。ただし、女子学生比率は本学の方が圧倒的に大きいです。
髙宮 統合後はさまざまなシナジー効果が期待でき、ダイバーシティーもさらに加速しそうですね。
ハーバード流を採用し
大幅な教育改革を実現
髙宮 田中先生のご専門は消化器内科、特に肝臓だと伺いました。
田中 肝臓の研究をしていたのは2001年までです。というのも、その後、医学教育部門の教授に転籍したからです。
当初、肝臓の研究をやめるつもりはなかったのですが、実際に医学教育を担当してみると、そのやりがいは想像以上に大きかったのです。当時、改革すべきポイントはいくつもあり、改革を進めると、学生たちが本当に歓迎してくれた。そのリアクションから得られる喜びは、患者さんを治療して感謝される喜びと同質のものでした。それ以降、教育開発を自分の主軸にしようと決めました。
髙宮 医学教育は医師免許取得が大きな目標になると思いますが、教育改革はどのように行われたのでしょうか。
田中 当時の学長は鈴木章夫先生で、2004年の国立大学法人化に向けて、教育改革が絶対に必要だと唱えていました。そこで、ハーバード大学と提携し、その教育メソッドを導入することにしたのです。教育改革担当として、私は何度もハーバード大学に足を運び、日米の医学教育の違いを実感させられました。
例えば、日本ではしばしば名物教授が話題になるなど、教育の多くが教員の個人技に委ねられていますが、アメリカでは教育がきちんとシステムとして機能し、運営されています。また、日本の医学教育は6年で、アメリカは4年。授業の主軸は日本が座学で、アメリカはディスカッション。さらに、アメリカでは臨床研修に極めて近い形で臨床実習が行われています。そうしたメソッドをできる限り採用することにしました。
髙宮 教室のデザインもハーバード流に変更されたそうですね。
田中 ちょうど教室を新たに設計できるタイミングだったので、スモールグループ用の小部屋を多数用意しました。講義室も「ハーバードをまねてみよう」ということで、従来の扇形から半円形に変えました。すると、完成してから分かったのですが、教室が半円形だと、学生同士それぞれの顔を見渡せるだけでなく、教壇からも学生全員の顔がよく見える。インタラクティブ(対話型)な授業にはこの形の教室が必須だったのです。こうして私たち教員もわくわくしながら改革を進めました。
髙宮 最後に、統合の影響を不安視しているかもしれない受験生にメッセージをいただけますか。
田中 大学入試には文部科学省が定めた「2年前ルール」があります。これは入試を大きく変更する場合は2年程度前までに告知しなければならないというものです。本学は現時点で変更を告知していないので、現高2生が受験するまで、現行の入試の方式は変わりません。安心して受験してください。
なお、「分野別クアクアレリ・シモンズ(QS)世界大学ランキング2023」で、本学の歯学分野は世界第3位、国内第1位にランクされました。51分野のうちのいずれかで世界第5位までに入っている日本の大学は本学のみです。歯学部志望者はぜひ本学歯学部を受験してください。
■プロフィール
学長 田中 雄二郎さん
たなか ゆうじろう
●1980年東京医科歯科大学医学部医学科卒業。1985年東京医科歯科大学大学院医学研究科内科学博士課程修了。2001年東京医科歯科大学医学部附属病院中央診療施設等総合診療部教授、2003年同病院病院長補佐、2006年同大学大学院医歯学総合研究科医歯学系専攻全人的医療開発学講座臨床医学教育開発学教授、2008年同大学学長特別補佐、2014年同大学理事・副学長などを経て2020年東京医科歯科大学学長。研究分野は消化器内科学、医学教育学。日本医学教育学会、日本肝臓学会、日本消化器内視鏡学会、日本消化器病学会、日本内科学会会員。
■東京医科歯科大学の紹介
国立唯一の医療系総合大学
教養部で教養教育にも注力
東京医科歯科大学のルーツとなる学校が呱呱の声を上げたのは1928年のことでした。日本初の官立歯科医師養成機関である東京高等歯科医学校として、現在の千代田区一ツ橋に設立されたのです。1930年には現在の湯島に移転しました。ここは江戸時代に昌平坂学問所のあった学問と教育の聖地。医師、歯科医師、看護師、臨床検査技師、歯科衛生士、歯科技工士を養成する国立大学で唯一の医療系総合大学にふさわしい立地といえるでしょう。
キャンパスは3カ所に分かれています。医学部、歯学部、大学院、難治疾患研究所のある湯島キャンパスと、生体材料工学研究所のある駿河台キャンパス、そして教養部のある千葉県市川市の国府台キャンパスです。
この教養部を国立大学で有するのは東京医科歯科大学だけです。医療人に求められる教養と人間としての力を身に付けるため、全学部の1年生は教養部に所属し、自然科学系科目だけでなく、人文社会系科目や外国語系科目など幅広い分野を学修します。
東京医科歯科大学は、世界最高水準の教育研究活動が見込まれる大学として、文部科学大臣が指定した指定国立大学法人10校のうちの1校です。2024年に統合が予定されている東京工業大学も指定国立大学法人です。
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