【解法解説】2024年度 早稲田大学 国語
2024年度(令和6年度)早稲田大学の国語について、現役生対象の大学受験塾Y-SAPIXが徹底分析しました。
【教育学部】
第1問 現代文
元森絵里子「『稼ぐ子ども』をめぐるポリティクス」
評 近代の子どもをめぐる表象の力学について述べた文章。近代においては、子供は〈無垢な子供〉として発見されたという社会学の通説に対して、明治時代には、生活のために働かざるをえない下層と中流層、富裕層の子どもとの間にはっきりとした断絶があったことを論じている。今回の問題のように、表象の政治性について論じた文章は多い。問3の「内面化」は、評論文を読む上で重要語。
第2問 現代文
野田研一「「祖型」としての景物―『苦海浄土』における風景の構造」
評 水俣病闘争を描いた石牟礼道子の表現技法について述べた文章。石牟礼の小説における風景描写が遠近法的な描写ではなく、隠された視点移動であるという指摘は、小説全般に広く適用できる分析的な視点である。内容の読み取りは難しくないが、設問は選択肢に紛らわしいのがいくつかある。
第3問 古文
『発心集』
評 知識と解釈がバランスよく問われている。「ありがたし」(問18)、「あからさま」(問21)、「かなしくす」(問23)などはそれぞれ古文単語帳にも載っている重要単語。「おのづから」(問25)は、「自然と」という意味だが、他に「たまたま、もしかしたら」という意味もある(例;おのづから歌などや入る→訳;もしかして入集しているだろうか)。古文単語の重要性を再認識させてくれる問題だった。
第4問 漢文
周密『癸辛雑識』
評 人の死に際して登場した蝶の多様な様態が描かれたという幻想的な内容。なお、漢詩の出題もあるが、本文中に漢詩がある文章からの出題は、2015年以来。漢詩の詩形と押韻の知識が問われているが、ここはしっかり正解したい(問30、問31)。問32は、傍線部内に解釈の決め手となる句形もなく、前後の文脈から決めるしかないが、何を根拠に選択肢をしぼっていけばいいのか非常に悩ましい。
【商学部】
第1問 現代文
若林幹夫『ノスタルジアとユートピア』
評 国民国家の運動が〈あるべき〉ユートピアを作り上げるベクトルと、連綿と続く伝統を創造するノスタルジアのベクトルという、相反する政治原理を生み出したことを論じた文章。ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』で論じられていることを背景知識として持っておくと良い。国民国家の理念と現実との落差を理解させる問題(問9)は、難度が高い。
第2問 古文
『発心集』
評 鴨長明『発心集』からの出題。独立エピソードがふたつ並ぶが、説話文学に特有の、末尾に教訓が置かれる特性を利用して、なんとか読解したい。帝の邸のもとに盗みに入りながら、結局何も盗らなかった盗人の話をしっかり理解できるかが、最大のポイント。
第3問 漢文
愈樾『右台仙館筆記』
評 農民出身の貧しい乞食が、自分の良心にしたがって盗賊に成り下がることを拒んだ文章からの出題。文章自体は読みやすい。問19、問20は、返り点を正しくつける問題であり、白文を読む練習ももっとも効果的な対策となる。
【人間科学】
第1問 現代文
西垣通の文章
評 同一の著作からなるA、Bの複数テキスト問題。Aの文章は、AI・ロボットを比較しながら、人間は自由意志を持ちうるかというデカルト的主題を扱っている。Bの文章は、専門用語が多用され、難解だが、ここでも、人間と機械の対比であることを軸に、丁寧に論旨を追っていきたい。設問の難易度は例年並み。
第2問 古文
無住「沙石集」
評 男に捨てられた女の境遇に焦点をあてたエピソードが三つ並ぶ。問12、問13は、基本的な単語の問題だが、問16は、助動詞「む」が係り結びとともに使われる場合は、適当の意味になりやすいこと、問17は、「未然形+ば+こそ」の構文が否定の意味を表すことを押さえておかないと、なかなか正答を出しづらい。これらは文法項目としてはハイレベル層向けの知識なので、早大受験生ならしっかり覚えておきたい。
第3問 漢文
杜甫の漢詩
評 杜甫の漢詩からの出題。詩の形式(問20)、押韻(問22)の知識問題は確実に正解したい。決して簡単な漢詩ではないが、尾聯(第七句・第八句)の内容から、色彩豊かな自然に対して、憂愁な思いに沈む作者の対比に気付きたい。
【社会科学】
第1問 現代文
酒井隆史『賢人と奴隷とバカ』
評 ある短編小説を題材に、そこに描かれている犠牲のシステムについての考察を述べた文章。ただ、後半のネオリベラリズムが目論む想像力の簒奪と結びつけて理解するためには、それなりの前提知識がいる。すべてを経済という価値に一元化するネオリベラリズム(新自由主義)を批判した文章は入試に頻出であり、日頃からこのテーマを自分でも掘り下げておく必要がある。
第2問 古文
『うつほ物語』
評 物語のなかに、漢籍のエピソードが紹介され、物語の構造が二重になっている。さらに、物語の中に引用される漢籍と、実際の漢籍との相違を答えさせる問題もあり(問19Ⅴ)、古文漢文の総合的な力が問われている。問18は、『うつほ物語』以前の作品を答える文学史の問題で、正答は『後撰和歌集』だが、八代集はしっかり覚えておく必要がある。
【文化構想】
第1問 現代文と明治文語文の融合
A渡辺浩『明治革命・性・文明』、B福澤諭吉「学問のすすめ」
評 個人の自由競争を新しい公益として見出した福沢の言説を紹介し、それについて解説した文章。福沢の文章では、「怨望」がもっとも有害なものとして論じた箇所が出題されている。Aの文章論理明快で、Bの文語文も比較的読みやすい。ただ当然ながら、「大なるはなし」「云ふことならんか」「可からざるなり」等、漢文調に言い回しには慣れる必要がある。例年に比べて選択肢の紛らわしさもなくなった。
第2問 李禹煥『両義の表現』
評 沈黙の両義的な性格について述べた文章。硬質な文体だが、具体的な事例を交えながら説明されているので分かりやすい。設問レベルは標準。文章の並び替え問題(問12)は、指示語の指示範囲に着目して、論理的につなげて解く必要がある。
第3問 荒木浩『京都古典文学めぐり-都人の四季と暮らし』
評 文化構想の第3問は、例年古典文学に関するアカデミズムな論文から出題される。今年も文章が非常に長く、また引用される古文、漢文も難度が高い。解答根拠を探すために、本文と設問を往復する作業が多く、とにかく根気が必要。第1問、第2問に比べて、選択肢が紛らわしい。
【法学部】
第1問 古文
『小さかづき』
評 人間として身の程を知ることの大切さを、蛙のエピソードを通して説いた文章。問3は、dの「かなふ」だけ下二段活用であることに気付けるかがポイント。全体的に設問レベルは標準的だが、問1、問2の選択肢問題は難しい。
第2問 漢文
津阪東陽『聽訴彙案』
評 冤罪について述べた文章からの出題。早急に処罰をすることが大切なのではないという筆者の主張を理解できるかがポイント。問8の不勝は「~にたへず」、輒は「すなはち」と読むことは、基本知識。
第3問 現代文
岡本源太「コペルニクスを読むジョルダーノ・ブルーノ」
評 コペルニクスの地動説に影響を受けたブルーノの思想について解説した文章。論旨明確な文章であり、内容理解にはそこまで苦しまない。設問の選択肢も紛らわしくない。法学部の漢字の書き取り問題は難度が高く、今年は「頑迷」「翻って」だったが、かつて「敷衍」(2014年)の書き取りが問われたこともあり、漢字学習もしっかりやっておきたい。
第4問 現代文
堀千晶『ドゥルーズ 思考の生態学』
評 現代思想の旗手ドゥルーズの哲学を解説した文章。ポストモダン思想の前提知識が少しでもあれば読みやすいが、ほとんどの受験生にとって、それはあまりにも高すぎる要求だったかもしれない。だが、ここまで本格的にドゥルーズを取り上げた論考が大学入試に出た意味は大きく、今後はデリダ、ラカン、コーネルといった現代思想家についても少しでも知っておく方が望ましい。
【文学部】
第1問 現代文
橋本祐子「裁判官は感情に動かされてはならないのか?」
評 公平な判断を義務付けられる裁判官は、当事者への同情を感じてこそ、正しい法的判断を行えると主張する文章。非常に論理明快で読みやすい文章であり、設問レベルでも平均であることから、高得点者の続出が予想される。興味深いのは、指示語や論理関係を示す接続詞が一切ない文章の並び替え問題(問4)が出題されたこと。語法的な手掛かりがないぶん、自分の頭で筋が通る内容を考えなければならない。
第2問 現代文
田中優子「『野の果て』の世界」
評 自然と感性をテーマにつづったエッセイ。特に奇をてらった表現はなく、分かりやすい。自然界に「同じ色」はないという筆者の洞察は、そのまま日本古典文学への理解にもつながる。
第3問 古文
『袖中抄』
評 文学部の古文は、歌集や歌物語からの出題が多い。今回は受験生が苦手な歌論であった。和歌の評者の見解の相違をなかなか掴みづらく、難しい。また、修辞法に関する問題も出題された(問20)。文学部の受験者は、和歌の修辞法だけでなく、歌論で争点となるテーマなどについても熟知しておく必要がある。
第4問 漢文
『資治通鑑』
評 2つの文章(A、B)を読む複数テキスト問題。問27、問28、問29は、実質、白文解釈の問題で、やはり白文自体を読める力をつける必要がある。問25は、「軽」の対義語として、「異」を答える問題だが、この場合の「異」は、「優れたものとみなす」くらいの意味。古文にも「異なり」という形容動詞に、物事を称賛する意味がある(例:その滝、ものより異なり=その滝は、他のものより格別だ)
【政治経済学部】
【Ⅰ】
稲増一憲『マスメディアとは何か』中公新書
評 ネットと民主主義の関係を論じたもので、この問題の代表的な古典は、キャス・サンスティーンの『インターネットは民主主義の敵か』だが、サンスティーンがネットを分断のメディアだと主張するのに対して、本文では、統計データを用いて、ヤフーニュースなどのポータルサイトが、かつて民放メディアが担ってきた副産物的な政治学習を引き継ぎ、政治的知識の供給源として機能していると分析している。論旨は明快であり、設問も紛らわしい選択肢はなく、平易。グラフの読み取りも本文をきちんと照合すれば正答できる。
総評
早稲田大学の一般入試は、現在大きな変革期にある。2021年度には国際教養学部、政治経済学部が、一部の教科学力を共通テストで代替するようにし、学部独自試験としての国語試験を廃止した。さらには、2025年度からは、社会科学部が学部独自試験としての国語を廃止する予定である。学部独自試験としての国語が残る学部も、その他の入試形態で多くの変更点がある。こうした一連の入試変革は最終的にどのようなところに落ち着くのか、いまだよく分かっていない。
少なくとも言えることは、この入試改革によって国語をどれだけ重要な科目とみなすかという、国語に対する位置づけが受験生ごとに違ってくることである。国語学習の個別最適化がより重要となってくるだろう。
もう一つ、大きな変化を感じたことがある。2024年度の早稲田大学の国語試験は、全学部を通して、解きやすくなったといえる。平易な文章が増えたし、硬質な文体であっても、論旨がはっきりと伝わる文章が出題された。また、おそらく著者本人ですら悩むような、紛らわしい選択肢もかなり減った。
これはもしかしたら、教育学部の国語試験(2022年)において出題文に使われた重田園江氏本人が激烈に入試問題を批判したことによって社会問題になった影響かもしれないが、いずれにせよ、きちんと勉強した受験生がしっかり報われる試験内容になったことは、歓迎すべきことである。そういう意味では、現在の早稲田大学の入試は、努力が報われやすい試験になったといえる。
■2024年度入試
第13期 在籍者数107名の合格実績
🌸現役合格を果たした先輩からメッセージ(一部)🌸
■東京大学・文科三類
…私は中学生の時、到底東大を目指すレベルではありませんでした。しかし、Y-SAPIXに入室してから大学受験という現実がクリアになり、学校の定期テスト直前には猛勉強を重ね、成績も大きく向上しました。…
■一橋大学・商学部
…Y-SAPIX の少人数制対話型授業は解説を聞くだけの授業に退屈してしまう私にはぴったりで、疲れている時でも集中力を保って楽しく学習することができました。…
\合格実績の詳細&合格者の声はこちら/
■共通テスト《国語》の解説記事
■大学入試情報を無料でお届けします!
■東大入試について、もっと知りたい方へ