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大学歴訪録#18 横浜国立大学

多様性をOne Campusに集約し
「知」の統合型大学として課題解決を

 神奈川県唯一の国立総合大学である横浜国立大学は、47都道府県から学生を集める人気の全国区大学でもあります。2021年4月に学長に就任した梅原出先生に、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がお話を伺いました。

日本の縮図の神奈川で
世界水準の研究大学に

横浜国立大学学長 梅原 出 先生

髙宮 私は中学から大学まで横浜市内の学校に通いました。当時から貴学は緑豊かな美しいキャンパスで有名でした。ここは以前、ゴルフ場だったそうですね。

梅原 はい。敷地面積は約45・6万㎡、東京ドーム10個弱の広さです。ただ、森がこんもりしているため、海は見えません。「せっかく横浜の大学に入ったのに、海が見えない」と残念がる新入生もいます(笑)。もっとも、校舎の屋上からは横浜みなとみらい21のランドマークタワーも横浜港も一望できます。

聞き手 SAPIX YOZEMI GROUP 共同代表 髙宮 敏郎

髙宮 貴学は神奈川県唯一の国立総合大学ですが、多摩川を挟んで隣接する東京都には多くの国立大学があります。梅原先生は貴学が立地する神奈川県と横浜市という地域をどのように捉えていらっしゃいますか。

梅原 横浜市の人口は約377万人と、東京23区を除けば日本一の人口を誇る巨大都市であり、幕末から世界に向けて開かれた先進的な港湾都市でもあります。一方、神奈川県全体に目をやれば、県の西部には過疎の町があることも見えてきます。
 つまり、神奈川県は日本の縮図そのものといってよいでしょう。日本は「課題先進国」とよく評されますが、神奈川県は日本同様、都市と地方の課題の両方を抱える「課題先進県」です。そんな地に本学がある以上、その両方にコミットし、立ち向かっていかなければならないという強い思いがあります。実際、本学の多くの学生は横浜の街に出ていって、地域のさまざまな課題解決に取り組んでいます。

外につながり、広がっていくというコンセプトで設計された文理融合の学びの場
「都市科学部104スタジオ」

髙宮 それは日本、ひいては地球規模というスケールで臨むことにもなりますね。

梅原 あらゆる「知」を結集して、横浜と神奈川のさまざまな課題に対応し、世界とつながっていく。これが本学の立ち位置です。私が学長メッセージや学長ビジョンで公開している「『知の統合型大学』として世界水準の研究大学を目指す」というテーマは、この課題解決の延長線上にあるものです。

大学の基本理念に
「多様性」を追加

髙宮 本誌39号(2019年3/4月号)で前学長の長谷部勇一先生にご登場いただいたとき、貴学では基本理念として「実践性」「先進性」「開放性」「国際性」の四つを掲げていました。梅原先生はそこに「多様性」を加えられました。

梅原 横浜国立大学憲章を改定する形で2023年3月に加えました。「多様性」を追加することは私の悲願であり、志でもあります。
 私の考える大学とは「知の拠点」で、文理を問わず、多くの「知」が統合されていく場です。一人一人の「知」が教育や研究を通じて統合されるからこそ、さまざまな課題を解決することができる。逆説的にいえば、多くの知を統合するには、そこに多様な知が存在していなければなりません。つまり、多様性こそが、知を統合するための基盤となるのです。

約57万冊の蔵書と1200席の閲覧席を誇る中央図書館には、日々大勢の学生が訪れます

 2022年12月に学長補佐5人で構成される大学憲章検討チームを立ち上げて私の考えを伝え、現況を踏まえた中期的な視点で見直してもらいました。迅速に作業が進み、翌年3月に大学憲章の改定を成し遂げることができました。
 幸い、教職員から反対の声が上がることはなく、むしろ共感的な反応が得られています。

 横浜国立大学の基本理念を定めた横浜国立大学憲章(改定版)の前文は次のとおり。太字部分が追加された。
 「横浜国立大学は、現実の社会との関わりを重視する『実践性』、新しい試みを意欲的に推進する『先進性』、社会全体に大きく門戸を開く『開放性』、海外との交流を促進する『国際性』を、建学からの歴史の中で培われた精神として掲げ、一人一人の在り方を尊重し合う『多様性』を重んじ、世界の学術研究と教育に重要な地歩を築くべく、努力を重ねることを宣言する。」

学生は全都道府県から
留学生も約1割に

髙宮 貴学への入学者は神奈川県以外が全体の7割を占めており、全都道府県から入学しているそうですね。これもまさに「多様性」ではないでしょうか。

梅原 学生諸君にとって、多様な人々と会ってコミュニケーションを取ることは極めて重要です。しかし、現行の入試制度では入学希望者を得点で選抜せざるを得ません。その結果、学力面で「一様」な学生ばかり集まることになります。しかし、講義についていけない学生に入学してもらうわけにもいかない。学生の多様性をどう担保するかは、どの大学にとっても重い課題です。
 その意味では、出身地の違いは一つの多様性になり得ます。幸い、本学には全国から学生が集まるので、自分と異なる方言・食文化・生活習慣などを持つ人と接することができる。この体験はさまざまな気付きや発見をもたらしてくれるはずです。
 また、5学部6大学院がOne Campus、一つのキャンパスに集まっている点も本学の特徴です。同じキャンパスで学部の異なる人と触れ合うことは、学生にとっては有意義な多様性体験になります。

髙宮 留学生も多いと伺いました。国籍や民族の異なる人たちと日常的に触れ合えることはとても貴重です。

梅原 新型コロナが流行する前は留学生が1000人を超えていました。学生数は5学部で約1万人ですから、その1割が外国人だったのです。留学生の多さも本学の強みで、例えば大学院の理工学府では授業が英語で行われているほど。国際交流は新型コロナで一時停滞していましたが、これから再び活発化していくでしょう。

誰でも利用できる交流スペース「グローバル・コモンズ」。中央図書館1階にあります

一つのキャンパスが強み
多様な連携が活性化

髙宮 One Campusのメリットは他にどんなことがありますか。

梅原 例えば、全国の小中学生を対象に、パソコン等を1人1台ずつ配るGIGAスクール構想が2019年からスタートしました。教員を養成する教育学部にもその対応が求められましたが、ITに詳しいのは理工学部です。そこで、教育学部のGIGAスクール構想対策では、理工学部の先生も加わり、一緒に指導しています。その点、本学はOne Campusなので、教員間の連携も取りやすい。また、2020年に新型コロナ対策で一斉にリモート授業に切り替えられた時も、大学全体で教職員がワンチームとなり協働。いち早くオンライン体制を構築できました。

髙宮 一つのキャンパスに五つの学部というのが一体感を生みやすい規模なのでしょうか。

梅原 そうかもしれません。マンモス大学では全学で一体感を感じるのは難しそうだし、キャンパスが分散している大学では教職員や学生が連携しにくい。本学くらいの規模の方が機動的で動きやすく、連携も活性化すると思います。

髙宮 貴学では学内だけでなく、地域社会との連携・協働も積極的に進めていますね。

梅原 冒頭でもお話ししたとおり、まず神奈川県や横浜市の、ひいては地球規模の課題解決に向き合うことが、この横浜の地に設立された本学の使命だと考えています。学生諸君もその趣旨をよく理解しています。大学側も学生が地域活動に取り組みやすいよう、学部副専攻プログラムとして「地域交流科目」を設定し、全学部生が履修できるようにしています。

髙宮 単位が取得できる、正式な科目ですね。どんなプログラムなのでしょうか。

梅原 例えば、「サコラボ」という地域課題実習プロジェクトがあります。築50年以上がたち、高齢化と過疎化が急速に進む、横浜市旭区の左近山団地を再生させようというものです。実際に団地に転居した者や通いで参加する者など25人(2022年度)の学生が取り組んでいて、映画を自主上映する「団地映画祭」、非常時の炊き出し訓練にもなる「ピザ窯ワークショップ」などを企画・運営し、左近山団地の持続的な発展に貢献しています。

 横浜国立大学内の各部局を横断的につなぎ、学生の地域活動を支援する地域実践教育研究センター。2006年から地域交流科目の本格運用を始め、2007年に正式に開設された。2017年には学内に地域連携推進機構が設立され、2019年からその機構内センターと位置付けられている。同センターが運営する地域課題実習には例年300人以上の学生が履修・参画し、「サコラボ」のようなプロジェクトが常時20件以上活動している。近年、この活動を機に起業する学生もいるという。

来年は創基150周年
さらに新たな展開へ

髙宮 貴学は1874(明治7)年、神奈川県内に開設された小学校教員養成所を起源とし、1949(昭和24)年に新制国立大学として開学しました。来2024年は創基150周年、開学75周年の節目を迎えます。記念事業は企画されていますか。

梅原 「横浜国立大学 創基150周年・開学75周年基金」を設立し、卒業生など関係各位から寄付金という形で広く支援を募り、その基金をベースにいくつかの事業を立ち上げます。
 例えば、YNU新湘南共創キャンパスの創設事業。これはJR東海道線新駅(藤沢駅-大船駅間)付近での取り組み「ヘルスイノベーション最先端拠点形成構想」に本学も参画し、医療と工学の連携研究拠点を創設しようというものです。神奈川県、藤沢市、鎌倉市、湘南ヘルスイノベーションパーク、湘南鎌倉総合病院の5者と連携・協力して進めています。
 また、台風科学技術研究センターの支援事業もその一つ。同センターは2021年、先端科学高等研究院に設置された日本初の台風専門の研究機関で、台風災害リスクの低減と台風エネルギーの活用を目標として掲げています。記念事業では台風研究をさらに一歩進めるため、台風を構成する積乱雲を実際に生成させる実験建屋を建設したいと考えています。
 その他、学生を世界で活躍できるスター研究者に養成する事業、学生向け体育施設の改修事業なども計画しています。

 横浜国立大学には5学部6大学院とは別に、独自のアプローチで社会課題の解決に取り組んでいる、学長直属の高等研究院という組織がある。台風科学技術研究センターも高等研究院の中の一組織で、他に量子情報研究センター、先進化学エネルギー研究センター、リスク共生社会創造センター、豊穣な社会研究センター、次世代ヘルステクノロジー研究センターが研究活動を行っている。

髙宮 最後に、高校生の読者に向けてメッセージをいただけますか。

梅原 本学には社会課題や地球環境問題などに対して感度の高い学生が多いと常々感じています。ここ数年、SDGsがメディアや教育現場でも大きく扱われるようになり、小中学生・高校生の中にも地球の未来について危機意識を抱く人が増えているようです。この記事を読んでいるあなたが、もし地球環境に少しでも危機意識を持っているなら、ぜひ、私たちと一緒に課題解決に取り組んでほしい。本学にはその熱い思いに応えられるだけの教員と組織が整っています。どうか力を貸してください。そして、より良い未来を共に創っていきましょう。

■プロフィール
学長 梅原 出さん
うめはら いずる
●1987年富山大学理学部卒業。1989年富山大学大学院理学研究科修士課程修了。1992年筑波大学大学院工学研究科博士課程を修了し、同年横浜国立大学工学部教務職員に。2000年横浜国立大学工学部助教授、2009年横浜国立大学大学院工学研究院教授。2019年横浜国立大学理事(研究・評価担当)・副学長。2020年横浜国立大学理事(研究・財務・情報・評価担当)・副学長。2021年4月横浜国立大学学長。日本工学教育協会委員、大学基準協会委員などを歴任。専門分野は固体物性物理学(超伝導、磁性)。

■横浜国立大学の紹介

キャンパス上空から横浜みなとみらい21方面を写した1枚。緑の豊かさがよく分かります

誰に対してもウェルカム
横浜の街に愛される大学

 横浜国立大学の歴史は1874(明治7)年開設の小学校教員養成所までさかのぼります。その後、横浜師範学校、横浜高等工業学校、横浜高等商業学校などが開校し、それらを統合する形で1949(昭和24)年、新制国立大学として横浜国立大学が誕生しました。
 1979年には全学部が横浜駅から約3キロの高台に位置する常盤台キャンパスに移転。現在ではOne Campusに5学部(教育学部/経済学部/経営学部/理工学部/都市科学部)6大学院(教育学研究科/国際社会科学府/理工学府/環境情報学府/都市イノベーション学府/先進実践学環)を擁する総合大学となっています。
 大学の基本理念である「実践性」「先進性」「開放性」「国際性」「多様性」を象徴しているのが、一般向けに広く開放されている自然豊かなキャンパス。門が開いていれば誰でも自由に出入りでき、小学生の通学路になっていたり、朝夕や土日には犬の散歩コースになっていたり。大学のホームページには全長830mと1440mのYNUジョギングコースまで公開されています。
 誰に対してもウェルカムなこの大学は地域社会との交流も盛んで、多くの地域活性化プロジェクトが常時稼働。まさに横浜の街を愛し、横浜の街に愛されている大学といえそうです。

あたかも森の中にあるかのようなキャンパスに、
全ての学部・大学院が集う様子をイメージしたデザイン画。職員の方が描いたそうです

この記事は2023年10月20日刊行『Y-SAPIX JOURNAL』2023年11・12月号に掲載された記事のWeb版です。

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