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2023年度 慶應義塾大学(経済・文・総合)・国語

経済学部

・テーマ

人間の行動と合理性

・課題文

課題文 リサ・ボルトロッティ著、鴻浩介訳『非合理性』

・課題文要旨

誰かの行っていることを理解しようとする場合や、次に行うことを予測しようとする場合、私たちは相手の動作や発言の裏に、それを動機づける志向的状態があるものと考える。このような解釈は、相手が合理性の基準を満たすようにふるまうことを前提とする。人が他者のふるまいを予測するために使う方針は物理的スタンス・設計的スタンスの他に志向的スタンスがあり、解釈の対処が人の場合はこの志向的スタンスがデフォルトの方針となるが、対象が非合理である場合には、志向的スタンスでの予測には限界がある。

・設問

A. 課題文に基づき、「志向的スタンスでふるまいを予測すること」とはどういうことか、およびその予測に問題が生じるケースとはどのようなものか、200字以内で説明しなさい。
B. あなたが電車に乗って席に座っており、隣にも人(以下「甲」とよぶ)が座っているとする。駅に着き、ある人が甲の席の前に立つと、甲が席を立った。課題文に基づき、この甲の行動を志向的スタンスで説明できるような3つの異なる状況を設定し、各々の状況における「席を立つ」という甲の行動の「合理性」について400字以内で説明しなさい。

・総評

経済学における基本概念について述べられた文章を題材とし、その内容理解を問う出題であった。設問Bは、「合理性」という概念について自身で具体化しながら述べることが求められており、受験生が表面的な学力を超え、経済学に対する主体的な意欲関心をもっているか否かを確認したいという大学側の意向が垣間見えた。課題文が一つになったことを除き、基本的な出題形式に大きな変更はなかった。
設問Aは書くべき内容がある程度自然に限定されたため、差がつく問は主に設問Bであったと思われる。


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文学部

・テーマ

創造性、芸術・アート

・課題文

大嶋(おおしま)義(よし)実(み)『演奏家が語る音楽の哲学』

・課題文要旨

現代ではあらゆるモノや事象が芸術となる可能性を持ち、芸術と非芸術の境界は個人的な感覚のなかでさえ曖昧になっている。そこでケージの無音の音楽やデュシャンの便器を用いた芸術が示すのは、新しい思考の創造こそが芸術であるということであった。日本では、鍛錬された技術を前提とする「芸術」と、発想に重点を置く「アート」が使い分けられているが、芸術もアートもその歴史は人類の起源に遡る。目に見える世界の向こう側を希求する願望こそが芸術の始まりで、ゆえに芸術は人間の持って生まれた本質的な欠落感を埋める一つの手がかりとなる。

・設問

設問Ⅰ この文章を三〇〇字以上三六〇字以内で要約しなさい。
設問Ⅱ 人間の創造性について、この文章をふまえて、あなたの考えを三二〇字以上四〇〇字以内で述べなさい。

・総評

大きな難易度や出題傾向の変化は見られなかった。題材も、昨年の「正義」を論じた哲学同様、学部内の専攻に即したものが選ばれている。本文の具体部と抽象部の区分けが比較的はっきりしていたため、設問Ⅰの要約については書くべき要素自体はある程度見分けやすかったが、聞きなれない名称も多く、また内容の論理的な結びつきもややとらえにくいので、展開を正しく整理したうえで説明することは少々難しい部分があった。各予備校の反応は前年度比でやや易化傾向にあるとの評が多めであったが、設問Ⅱについても、切り口の設定が難しく感じた生徒もいたのではないかと思われる。


総合政策学部

・テーマ

学び・「知」と読書

・参考文とその要旨

 ①J.S.ミル『大学教育について』
 …学生が大学で学ぶべきことは知識の体系化であり、その意味で他の学問を排除することは人間の精神を偏狭にする。自身の考え方や習慣、方法を絶対視する姿勢は、他の国からの学び、そして自国の進歩を阻止することにつながってしまう。
 ②一般社団法人 日本経済団体連合会 提言「新しい時代に対応した大学教育改革の推進―主体的な学修を通じた多様な人材の育成に向けて―」
 …わが国の大学が国際的に強い競争力を持つために、知識や技能等の習得に留まらない、新しい時代のニーズに対応した大学教育の実現・改革が必要だ。
 ③ショーペンハウアー『読書について』
 …多読を重ねるばかりでは、読んだ内容も自身の精神から失われてしまう。俗受けを狙った悪書を避けて良書を読むこと、そして自身の思想体系をしっかりともち公正な関心で本に向き合うとともに、重要な本は二度読み、内容のつながりをより鮮明に理解することが重要である。
 ④ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』
 …その社会階層で神聖とされる本を読んでいないことは許されない・本は始めから終わりまで読まなければならない・ある本について正確に語るためにはその本を読んでいなければならない、といった読書をめぐる規範は、結果として人々のうちに読書に関する偽善的態度を生み出した。こうした状況から脱するために、本を読んでいないと打ち明けることへの罪悪感を分析することが不可欠だ。

・設問

問1:文章①~④のうち、少なくとも3つに具体的に言及し、大学での学びにおいて重要だと考えるものについて600文字以内で論ぜよ。それぞれの文章の内容に賛成する必要はない。批判的検討は常に重要であり、反論も歓迎される。問1の冒頭の欄に直接言及する文章の番号を必ず記入すること。
問2:文章①~④を踏まえ、
(ア)問2の冒頭の欄に、社会における「知」として最も重要だと考える要素や役割を簡潔に示せ。
(イ)そのうえで、今日の世界における政策――日本でも海外でもよい――の具体的事例を2つ挙げ、(ア)で示した「知」がどのように活かされているか、あるいは活かされていないかを含め、800文字以内で論ぜよ。その際に、文章③ないし④(あるいは両方)に具体的に言及することが望ましい。

・総評

テーマとしては頻出の “「学び」と「読書」の関連”というものであったが、参考文には「読書」に通底する固定観念に疑いをかける内容のものが選定されているほか、設問も複数テキストを用いた「批判的検討」を求める形になっており、総じて受験生の本質的思考力を問う良問であった。
課題文に対する安直な同調・反論や、あるいは読書習慣や「知」についての思考習慣の欠如を露呈する答案は当然撥ね退けられるものと思われ、小手先の対策は通じなかったものと思われる。


まとめ

総じて、学部の求める本質的学力を備えているかを問う形で作題されており、その点に大学全体として強い意向が確認される。生徒の受験校選定においては、他大学以上にこの点を意識する必要があるものと思われる。


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