大学歴訪録 #10 お茶の水女子大学
新機軸を次々に打ち出し
次の時代を担う国立女子大学へ
お茶の水女子大学は日本で最も古い歴史を有する国立女子大学ですが、創立150周年を3年後に控え、新たに10の研究所を立ち上げたり、新学部の創設を準備したりするなど、新機軸も次々に打ち出しています。2021年4月に学長に就任した佐々木泰子先生に、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がお話を伺いました。
国立女子大学における
「不易と流行」とは
髙宮 私は祖父が創業した代々木ゼミナールに入職するに当たり、米ペンシルベニア大学に留学して大学経営学の博士号を取得しました。大学経営では“mission-centered”と“market-smart”の二つが重要だといわれています。日本語に直せば「不易と流行」といえるでしょうか。147年の歴史を有する貴学にも「変わらないもの」と「変えてきたもの」があると思います。佐々木先生は学長メッセージで、「グローバル女性リーダーの育成」を貴学の使命に掲げていらっしゃいますね。
佐々木 本学は1875年、日本初の官立女子高等教育機関である東京女子師範学校として創設され、本学で学んだ女性たちがさらに多くの女性たちを教育してきました。その意味で「女性リーダーの育成」は本学の建学の精神に根差す、まさに「不易」の部分です。
一方、新型コロナで多くの人が実感したように、私たちは世界との結びつきを強めており、これからの女性リーダーは世界での活躍が期待されています。ですから、「グローバル」の部分は「流行」といえます。つまり、「グローバル女性リーダーの育成」は本学の古くて新しいテーマなのです。
髙宮 全国に2校しかない「国立」の「女子大学」という点についてはどのようにお考えですか。
佐々木 1949年に新制大学に移行する際、多くの師範学校は複数の学校が統合されて新制大学になったり、新制大学の一学部になったりしましたが、本学は東京女子師範学校が単独で移行しました。当時の社会がそれだけ本学の意義を認めてくれていたのではないでしょうか。また、私学の女子大がそれぞれ創設者のカラーを際立たせている中、国立である本学は全ての大学に課せられた「社会課題の解決」に向けて、より重い責務を負っているといえるでしょう。
髙宮 貴学は『大学概要』で教職員の女性比率を公開しています。2021年度は大学全体で57.2%、教員は49.6%でした。
佐々木 女性の社会進出は日本でも進んでいて、近年では全体の7割の世帯で女性が働いているといわれています。本学の学生が社会に出るときは、彼女たちのお母さまやおばあさまとは確実に違う世界を生きることになるでしょう。その際、彼女たちの身近なロールモデルとなるのが、本学の女性教職員たち。それだけに、教職員の女性比率の高さはとても重要です。現在、本学の執行部もほぼ半数が女性になりました。
4機構10研究所が
今年4月に発足
髙宮 この4月、貴学では四つの研究機構の下、10の研究所を発足されました。
佐々木 この試みは2022年度から始まる第4期中期目標の目玉で、「不易と流行」でいえば「流行」に相当します。
例えば、「グローバル女性リーダー育成研究機構」では、既存の「グローバルリーダーシップ研究所」と「ジェンダー研究所」に加えて、「ジェンダード・イノベーション研究所」を新設しました。この研究所では研究の社会実装に重点を置き、これまで男性目線で開発されてきたサービスや製品に性差の視点を取り入れ、より女性に優しい技術開発を産学連携で進めていきます。
髙宮 ジェンダーの話題が出ましたが、貴学では2020年からトランスジェンダーの学生も受け入れています。これも明らかに、貴学の「流行」ですね。
佐々木 はい。本学は女子大ですが、戸籍上の女子だけでなく、性自認上の女子も受け入れるということです。この決定について特に異論は出ませんでした。
髙宮 ところで、貴学には理学部があります。女子の理系人気はなかなか高まりませんが、貴学ではいかがですか。
佐々木 私は根っからの文系人間ですが、この年齢になって、もっと理系の学問、例えば地球物理学で地球や宇宙について学んでおけば、人生がより豊かになったのではないかと後悔しています。本学の教養教育では文理の垣根を越えた「21世紀型文理融合リベラルアーツ」のプログラムを導入。今後重要になるはずのデータサイエンスについては、文理を問わずに学ぶことができます。
髙宮 いわゆる「リケジョ」を増やすために、どのような取り組みをされていますか。
佐々木 本学の理系女性育成啓発研究所の主催で、女子中高生などを対象に、「リケジョ―未来シンポジウム」を定期的に開催しています。本学の理系学部出身で、かつ社会で活躍中の卒業生複数名に、「なぜ理系に興味を持つようになったのか」「理系の学びが社会でどう生きているか」などを講演で語ってもらうもので、質疑応答の後に懇談会も行っています。このシンポジウムは同研究所の前身の理系女性教育開発共同機構だった時代からずっと開催しており、今年で32回目を数えました。このイベントを核に、本学のリケジョの裾野は確実に広がっていると実感しています。
髙宮 デジタル関連の文部科学省補助事業にも取り組まれていますね。
佐々木 「ゲームチェンジにより『クリエイティブ生活産業DX』をけん引する女性アントレプレナーの育成」というプログラムで、補助金を活用してDX教育設備を導入し、DXの知識と技術を持つ女性起業家の育成を目指します。
共創工学部(仮称)を
設置構想中
髙宮 貴学は2025年に創立150周年を迎えられますね。それに向けて、今動いているプロジェクトはおありですか。
佐々木 150周年だから、というわけではありませんが、その前年の2024年4月に共創工学部(仮称)を開設するための準備を進めています。本学が新たな時代に向けて歩みを始めるときに新学部が誕生するということで、同窓の方々からも大きな期待が寄せられています。
髙宮 奈良女子大は今年4月に工学部を新設しました。期せずして、国立女子大学に相次いで工学部が誕生することになりますね。トレンドとして共通する要素はあるのでしょうか。
佐々木 奈良女子大の場合、奈良教育大と法人を統合するという前提があって、工学部工学科を新設したと伺っています。その意味で、開設の狙いや目的は違うと思います。
本学の共創工学部(仮称)は、人間環境工学科と文化情報工学科の2学科制です。人間環境工学科は、生活科学部人間・環境科学科における住環境の研究を工学に特化する形で独立させました。一方、文化情報工学科には、「文系志向だけれど、将来必要になるであろうデータサイエンスも学びたい」という学生を取り込もうという狙いがあります。
シンプルな「工学部」ではなく「共創工学部」と命名したのも、「大学と社会で共に創っていく」「理系と文系で共に創っていく」という意味を込めたかったからです。
キャンパス内に
瀟洒な学生宿舎が完成
髙宮 今年4月、キャンパス内に学生宿舎の音羽館がオープンしましたね。
佐々木 はい。以前の学生宿舎は東京都板橋区にあり、キャンパスから離れていたため、2011年3月に東日本大震災が発生したとき、学生たちの安否をすぐには確認にいけませんでした。そこで、学生宿舎はやはりキャンパス内にあった方が安心だということになり、室伏きみ子前学長の時代に事業者を公募し、今年2月に地上7階建ての建物が竣工。3月から入寮が始まり、4月に開寮しました。
私がかつて視察した「セブン・シスターズ」(アメリカ北東部にあった7校の名門女子大学)では、それぞれ広大な敷地内に学生寮があって、図書館など大学施設を利用できる環境が整っていました。音羽館は、さすがにセブン・シスターズほどゴージャスではありませんが、とてもすてきな学生宿舎なので、多くの学生たちに安心して入寮してほしいですね。
髙宮 最後に、貴学を志望する受験生にメッセージをいただけますか。
佐々木 本学は全学部を合わせても1学年500人前後の、コンパクトにまとまった女子大です。1クラス15~30人の少人数編成なので、学生同士の、あるいは学生と教員の、距離の近さが大きな特長です。私が授業を持っていたときは学生一人一人に丁寧に接することができましたし、私が学生のときも先生に丁寧に接していただきました。
入学して間もなく五月病になり、大学を辞めたいと担任の先生に相談したときも、「取りあえず実家に一度帰っておいで」とやさしく諭されました。卒業後、「君くらい手のかかる学生はいなかった」と言われましたが、私の友人が同じことを言われていて、そのとき、本学は面倒見の良い大学なのだと改めて気づきました。全学部が一つのキャンパスにあり、他学部の人からいつでも刺激をもらえるのも魅力です。
本学には誰でも自由に学べて、誰でも優しく受け入れてくれる環境があります。お茶大でぜひ、自由な4年間を過ごしてほしいですね。
■プロフィール
お茶の水女子大学学長 佐々木 泰子さん
ささき やすこ●1976年お茶の水女子大学文教育学部文学科国文学国語学卒業。1978年お茶の水女子大学大学院人文科学研究科日本文学専攻修士課程修了。2000年お茶の水女子大学文教育学部助教授、2001年同 留学センター助教授、2007年同 大学院人間文化創成科学研究科教授。2011年同 附属小学校長兼務。2015年同 基幹研究院人文科学系教授、仏ストラスブール大学客員教授。2019年同 理事・副学長を経て、2021年4月お茶の水女子大学長。専門分野は社会言語学、日本語教育。著書に『異文化間教育とコミュニケーション教育』(アルク)、編著に『ベーシック日本語教育』(ひつじ書房)など。
■お茶の水女子大学の紹介
お茶の水女子大学は1875年、日本初の官立女子高等教育機関である「東京女子師範学校」として御茶ノ水(現文京区湯島)に開設されました。国立大では2校しかない女子大の1校で、私立女子大の創設者や世界的にも著名な科学者など、日本を代表する女性リーダーを多数輩出してきたことでも知られています。
文系の文教育学部、理系の理学部、文理の枠を超えた生活科学部の三つの学部をコンパクトなキャンパスに擁しています。文教育学部は人文科学科、言語文化学科、人間社会科学科、芸術・表現行動学科、理学部は数学科、物理学科、化学科、生物学科、情報科学科、生活科学部は食物栄養学科、人間・環境科学科、人間生活学科、心理学科で構成されています。21世紀型文理融合リベラルアーツ、複数プログラム選択履修制度、キャリアデザインプログラムなど多様で多彩な学びが用意されているのが大きな特徴です。
2022年4月には10の研究所が発足し、2024年4月に向けて共創工学部(仮称)の設置を構想しているなど、女性活躍社会に向けて今最も注目されている大学といえます。
■Y-SAPIXよりお知らせ