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リベラル書籍紹介#31『人間の建設』小林秀雄・岡潔

この連載ではY-SAPIXのオリジナル科目「リベラル読解論述研究」で使用した書籍について、担当する職員が紹介していきます。

今回は、高校生が7月期で使用した『人間の建設』です。

『人間の建設』小林秀雄・岡潔(新潮文庫・2010)

本書は文芸評論家・小林秀雄と数学者・岡潔という、文理それぞれの巨人による対談という点で著名な作品です。

全体を通して一貫した議論のテーマがあるわけではなく、芸術や小説、現代の数学、酒、漢文の素読などさまざまな話題を転々としながら対談は進んでいきます。

それにもかかわらず、二者の口からはたびたび示唆に富んだ問いや、普遍的な言説が飛び出します。
現代版の『論語』のような書籍と捉えても良いかもしれません。
ここでは、そういった言説をいくつか取り上げてみようと思います。

まず、以下の岡潔の発言は非常に考えさせられる問いです。

――昔の国家主義や軍国主義は、それ自体は、間違っていても教育としては自我を抑止していました。だから今の個人主義が間違っている。自己中心に考えるということを個人の尊厳だなどと教えないで、そこを直してほしい。

人間の建設(119ページ)

この発言からは、「自己中心的に振る舞うこと」と「個人の尊厳を守ること」の線引きの難しさを考えさせられます。
ちなみに、この対談が雑誌『新潮』に掲載されたのは1965年です。岡潔は1965年の社会の状況を見て、すでにこのような問題意識を持っていたわけです。もし、岡潔が私たちの生きる2020年代の日本を見たらどのように評するか気になりますね。

次に、小林秀雄の発言を見てみましょう。

――高みにいて、なんとかかんとかいう言葉はいくらでもありますが、その人の身になってみたら、だいたい言葉がないのです。いったんそこまで行って、なんとかして言葉をみつけるというのが批評なのです。

人間の建設(140ページ)

これは多くの人が実感したことがあるのではないでしょうか。

例えば、東日本大震災で福島第一原発事故が発生した際、避難所となっていた福島県の田村市総合体育館を訪れた当時の首相が、避難者から「もう帰るのか。生後4か月の孫を抱えて、どんな気持ちでいるかわかるか」という言葉をかけられる出来事がありました。

自然災害の被害に遭った人々の境遇を第三者の目線から慮り、彼らを様々な側面から扶助しなければならないということは誰にでもいうことができますが、この避難者の切実な思いを表現できる言葉は、そうやすやすと見つかるものではないはずです。
小林秀雄の発言は至言といえるかもしれません。

最後に、岡潔が本書の他、さまざまな著書のなかで何度も述べている「情緒」の重要さについて触れておきましょう。

――ところがいまの数学でできることは知性を説得することだけなんです。説得しましても、その数学が成立するためには、感情の満足がそれと別個にいるのです。人というものはまったくわからぬ存在だと思いますが、ともかく知性や意志は、感情を説得する力がない。ところが、人間というものは感情が納得しなければ、ほんとうには納得しないという存在らしいのです。

人間の建設(40ページ)

数学者である岡潔が『情緒』を重んじることはどことなく奇妙なものに見えるかもしれません。しかし、日常のなかのさまざまな出来事から岡潔のいいたいことは理解できるでしょう。

例えば、成績を向上させるためには宿題に真面目に取り組まなければならないなどということは、少し考えれば誰にでもわかります。それにもかかわらず、誰でもそのとおりに実行できるわけではありませんね。
実行できている人は「成績を向上させるためには宿題に真面目に取り組まなければならない」という理屈だけではなく、おそらく「○○ちゃんに負けたくないから」「先生が褒めてくれるから」「お母さんが期待してくれているから」などといった情動的な動機で真面目に取り組むことに納得しているのでしょう。

「情緒」の重要性はなにも数学に限った話ではなく、普遍性を持った考え方といえるでしょう。


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