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リベラル書籍紹介#20『平和をつくる(『世界』岩波書店 1966年9月号)』小田実

この連載ではY-SAPIXのオリジナル科目「リベラル読解論述研究」で使用した書籍について、担当する職員が紹介していきます。

今回は、高校生8月期・夏期で使用した『平和をつくる(『世界』岩波書店 1966年9月号)』です。

小田実は戦後を代表する評論家で、自らの戦争経験から「難死の思想」や「人民の安保」といった独自の思想を育ててきた知識人としても有名です。授業では、小田の平和観を丁寧に読み解きながら、小田の思想が、今私たちが生きる混沌とした国際社会の指針になりうるのか、論点を一つひとつ吟味しながら、平和構築の道標を探っていきました。

「平和」とは何か。戦争の延長線上にあるもの?

いったい、なぜ戦争は起こるのか、そして人類は、なぜ戦争を止めることができないのか。人類の歴史を見れば、それは戦争の歴史ともいえます。帝政期のローマの政治家タキトゥスは、次のような言葉を残しています。「彼らは虐殺を行い、それを平和と呼ぶ(they slaughter, call it peace)」。実際、平和を意味するpeaceという英単語は、pact(協定)を語源とすると言われています。

つまり、平和とは、勝者が敗者に有利な条件を押し付ける協定の延長上に成立するものー戦争の延長の上に平和があるということです。しかしだからといって、平和は戦争によって勝ち取らなければいけない、結局、力の強いものが支配するのだ、と開き直ってしまっては、確固たる平和論は構築できません。

そういう意味では、「平和をつくる」というタイトルは、平和というものは当たり前に存在するものではなく、私たち一人ひとりの不断の努力によって構築、維持されるべきであるという考えが下敷きになっています。軍事力をもつことが「平和をつくる」ことだと早合点せずに、理性や協調や外交といった軍事力に頼らないソフトパワー(ジョセフ・ナイ)によって平和を構築していく必要があります。

積極的平和主義という「考え方」を知る

このような考えを積極的平和主義と言います(反対に、単に戦争反対を唱えるだけの平和運動を消極的平和主義と言います)。積極的平和主義にはいくつかのアプローチがあります。

たとえば、経済的徴兵を例にとって考えてみましょう。経済的徴兵とは、就職難や貧困によって、仕方なく生活上の都合から軍隊に入隊することを言います。できれば、戦争となったら命を失うかもしれない軍事機関で働きたくないと思っても、貧困がゆえに軍に志願する他ない人々がいます。これを個人の自己判断の結果とするのではなく(もちろん、そういう面がないとはいえません)、貧困という社会構造の問題だと考えてみることで、戦争と平和の問題を巨視的に眺めることができます。

経済的弱者が主に軍に従事することになれば、どうなるでしょうか。そうした場合、軍事に直接関与しない富裕層や政治家は、軍事行動を自らの問題としてリアリティを感じることができるでしょうか。ベトナム戦争のとき、米国で大きな反戦運動が起きたのは、貧困層も富裕層も等しく若者が徴兵に取られていたことという当事者性の問題と関係しています。

逆に、経済格差によって、従軍経験が一部の経済的弱者に担われてしまえば、富裕層は、自らが戦争に行くわけではないので好戦的になる傾向があります。貧困や経済格差といった社会の不安的要因は、実は、このように戦争と密接につながっているのです。

今回の夏期の高校リベラルでは、私たちの身近なところに平和へのヒントが散りばめられていることを発見し、平和の大切さと、平和を作る責任を感じることができたと思います。


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